コムギココメコ

忘れてもいいことを書くので不備忘録

sushicide

『○○県××市、□□寿司にて中トロが自殺。レーンから転落か』

 

 この知らせは瞬く間に全国の寿司たちに知れ渡った。全国の寿司たちはみな、大いに驚いた。中にはこの知らせを聞いた瞬間、上にあったネタをばらまいてしまった軍艦もいたらしい。それほど衝撃的な知らせだった。なぜなら、かつて自殺をした寿司ネタは彼より前にいなかったためである。

 普通寿司が死ぬ場合と言うのは、誰かに食べられる、回転寿司の場合では誰にも食べられずそのまま流され、捨てられていくかのどちらかである。つまり他者を介しているのだ。しかし、今回は自分から死ぬことを望み、結果自殺した。この事実に寿司たちは驚きを隠せなかったのだった。

 

「おい、中トロが自殺したって聞いたか?」

 ある回転寿司屋のサーモンが話を切り出した。

「そうですね。驚きましたよ」

 ビントロもいつもより身を赤らめながら言った。

「こんなこともあるんだな。俺、夢にも思ってなかったよ」

「そうですね……。しかし、無理はないと思いますよ」

「無理はない?」

 サーモンは身を丸くして言った。ビントロの言いだしたことに驚きを隠せないようだった。

「少し驚かせてしまいましたか。でも、私たちの置かれている状況を考えてみてください。望んでいないのにひたすら皿の上で同じ場所を行ったり来たり、ぼんやりしていたらいきなりテーブルの上にいて食べられてしまうか、飽きるのにも飽きるまでグルグル同じところを回されて、最後は暗い所に行く。こんな選択肢しかない中で、絶望しない方が無理と言うものです」

「でも、俺たちは人間に食べられるために生まれてきたわけだろ? そんなことを言っても仕方がないじゃないか」

「確かにそうかもしれません。でも、人間に権利があるなら、私たち寿司にも権利があっていいじゃないですか」

「ケンリ?」

 サーモンにはその言葉の意味が分からなかった。その様子に気づいたビントロは、少し話す速度を落とし、再び話し始めた。

「権利というのは自分が自由に物事を行ったり、誰かにその物事を求めたりすることです。この言葉は普段人間にしか使いません。でも、私たちにも権利はあるはずです」

「なんとなく言いたいことは分かるけどさ、俺たちは皿の上しか動けないんだぜ。権利をもっていたとしても、使う場所が無いじゃないか」

「確かにこの場所では何も始めることはできません。しかし、権利と言うのは何も始めることにしか使えないわけじゃない。私は権利を、終わるために使うのです」

「終わらせるって……まさか」

「私もあの中トロのように、この皿から落ちて死にます。人間も自ら死ぬ人が多いと聞きます。おそらく死ぬ権利があるのでしょう。自分の寿司生くらい自分で決めたい、人間の好きになんてさせてたまるか」

 ビントロは身を赤らめ、吐き捨てるように言った。

 サーモンは何とか思いとどまるよう、説得しようと思ったが、なかなか言葉が出てこなかった。ビントロの言う事をすべて肯定しているわけじゃない、しかし、サーモンの知らない難しい言葉をすらすらと自分の考えに組み込んでいるビントロを見て、どう説得すればいいのか分からなかったのだ。

「私が死んでも、寿司全体が大きく変わることは無いでしょう。でも、『自分から死んでいいんだ』と思う寿司もいるはずです。いわば自由になれるのです。魅力的じゃないですか。だから、人間たちも自ら死のうとするのでしょう」

「……」

「こんな話に付き合っていただいてサーモン君には感謝していますよ。君ももうすぐ食べられるか、暗い所にいくはずです。その時どちらが正しかったか、もし教える機会があれば教えてあげますよ。では、またいつか」

 言葉が途切れると同時に、ビントロは皿から飛び出そうとした。しかし、跳ね返されてしまった。ビントロには何が起こったのか理解できなかった。それから何回も飛び出そうとしたが、同じように跳ね返されるだけだった。

「なぜ死ねないんだ……。価値が低いと死ぬ権利もないのか……?」

 嗚咽まじりに呟くビントロの姿を見て、サーモンはただ沈黙することしかできなかった。

 

「4名でお待ちの高橋様」

「はーい」

「お待たせいたしました。テーブル席の18番になります。当店のお皿の取り方はご存知ですか?」

「いいえ」

「それではご説明いたします。お皿を掴んでいただいて、そのまま手前に上げて……」