コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

8月の夜とクラゲ

 実家の周りを散歩していた。ちょうど辺りが暗くなりはじめ、様々なものがシルエットになりつつある時間帯であった。

 丁度トンネルに向かって歩いているところだった。トンネルの向こうが妙に明るい。最初は車のライトかと思っていた。しかし、一向に車がこちらへ向かってくる気配はない。不思議に思い、トンネルの中へと歩く。そこにあったのは、透明なゼリー状の物体であった。それはトンネルの明かりと同じ色の光を携えていた。思わず触ってみる。頭の中に思い描いていた感覚と全く同じだった。私はその物体に愛着がわき、家に持って帰ることにした。

 自分の部屋にそれを置くと、部屋の光を帯び始めた。私はそれをベランダに出て、夜空を見上げた。それは街灯とよその家から漏れ出す光、夜空にぽつぽつと浮かんでいる黄色を代わる代わる漂わせていた。私はそれを持ちあげて、月にかざしてみた。月がぼやけて、クラゲのように揺れている。かざすのをやめると、クラゲは丸くなり、月に戻る。私はしばらくそれ越しにクラゲに擬態した月を眺めていた。

 何かが呼ぶ声がした。辺りを見回すと、ベランダの向こうにベールが浮かんでいた。ベールの中は何かがいるようだった。人間ではなさそうだ。ベールはこちらに近づくと、何やら喋りはじめた。私には何を話しているのか理解できなかった。しかし、おそらく私が手に持っているゼリー状の物体について私に話している気がした。ベールにまるで目があって、それを見つめている。私にはそんな確信がもてるのだった。

 私はそれをベールの前に差し出した。ベールは半透明の手でそれを掴んだ。そしてベールの中に入れた。ベールは光を帯び始めた。しかし光の色は今まで見た事のない色合いを呈していた。ベールは上がり、私を包んだ。目に光が飛び込んでくる。しかし不思議と眩しくは無かった。目一杯に広がった光はやがて、分散して、球体になり、輪郭が徐々にぼやけた。涙で潤んだ目で、街灯や車の前照灯を見ているようだった。ぼやけた光は様々な色に変わり、目の中を揺らいだ。たくさんクラゲが目という水槽の中で浮かんでいるようだった。クラゲは次第に数を少なくし、最後には何もなくなった。ベールはいなくなったようだった。

 それ以来、ゼリー状の物体も、ベールも表れていない。