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備忘録と不備忘録を行ったり来たり

お手軽! 美容室でメメントモる方法

 お元気ですか?


 美容室は本来髪を切ったり、パーマやカラーをかけたりするところだという認識が一般的である。これは正しい。しかし、美容室では別の体験ができるのだ。それを聞いたとき、人々は店員とお喋りができる場所と言う意味を頭の中に思い浮かべるかもしれない。それも正しいだろう。しかし私が言いたいのはそういうコミュニケーションの場所としての、美容室の役割ではない。美容室とは、疑似体験ができる場所なのである。
 疑似体験のできる美容室の作業過程、それは洗髪だ。洗髪時に水や泡がかからないよう、布を顔にかけてもらう場合がある(かけてもらわない場合は次の段落にお進みいただいても構いません)。人々はここで疑似体験を行っているのだ。察しのいい人なら既にお気づきであるかもしれないが、死者の疑似体験だ。通夜や葬儀時に、遺体の顔は布で隠されていることが多い。遺体は布で顔を隠されたとき、どのような気分なのか。こんな疑問を抱いたことがある人がいるだろう。いるかもしれない。いやいないかもなあ。まあ私は抱いたので、少なくとも関東に1人はいる。全国規模なら10人近くいるかもしれない。そんな10人の疑問を解消できる場所こそ、美容室なのだ。洗髪時に顔へ布をかけられる。布の厚さにもよるが、大体の場合、景色が布と同じ色になってぼやけるか、全く見えなくなるかである。つまり、布をかけられている時、世界はぼやけて見える。輪郭がはっきりしなくなるのだ。輪郭がぼやけていくと、自分の世界が途端に自らと距離を置いた感じがするようになる。死者は生きている人間と距離が否応なしにできてしまう。そんな感覚を、洗髪時に味わうことができるのだ。
 なんだ、そんなことか。だったら自分で布を顔にかければいいだけのことじゃないか。別に美容室で体験する必要が無いだろ、と思う人々もなかにはいるかもしれない。確かに一理ある。しかし、自分で布を顔に書けても、疑似体験の効果は薄い。まず、死者は自分で布を顔にかけるだろうか。否、誰かにかけてもらうだろう。もしかしたら、生前誰に対しても滅茶苦茶気を遣うのを信条としていた人ならば、死んでからもあまり迷惑はかけたくない、ならせめて布だけはと思い、自分で顔にかけたりするわけがない。書くだけ無駄である。ならば他の人に、顔に布をかけてほしいと頼めばいいのだろうか。これも無理な話である。いくら仲の良い友人にでも、「布を顔にかけてくれないか?」と頼めば、怪訝な顔をして理由を聞いてくるだろうし、それにあなたが「死者の気持ちを味わうため」なんて言えば、間違いなくカウンセリングを勧められるだろう。やはり、何の不自由もなく死者の気持ちを味わうには、美容室が1番なのだ。美容室に行くときに、少し思い出してもらいたい。これがメメント・モリの精神である。違う。