読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コムギココメコ

忘れてもいいことを書くので不備忘録

白いお皿の裏にパンの死がある

日記

 お元気ですか?

 私はパンが好きである。しかし好きな食べ物について人に言う時は大体寿司やラーメンやから揚げに早変わりしてしまう。パン側には浮気者扱いされているかもしれない。しかし、パンと言っても守備範囲はとてつもなく広く、その中には私の嫌いなパンも存在する。例えば、野菜の入ったサンドイッチである。そもそも私は野菜が苦手なので、パンの中に野菜が入っていたら自然とゲームオーバーになってしまう。そのため私の中のサンドイッチというカテゴリーには、野菜の入った物は存在しないし、野菜が入っている物はゴミ箱に入れて既に空にしてある。世の中は厳しく、サンドイッチと野菜はセットだろと言いたいがごとく、どの店のサンドイッチと書かれたメニューを見ても、大抵の場合野菜が入っている。私はスルーする羽目になる。すると、野菜がこちらを見て笑っているような気がして、今年までサンドイッチを食べたことがほとんどなかった。しかし、今年の夏あたりから、サンドイッチが間違って食べたくなってきてしまった。やはり年をとるごとに味覚も変化してくるのだろうか。ここからサンドイッチに対する私の創意工夫が始まった。

 まず、間違ってサンドイッチが食べたくなってしまった時はどうするか。野菜の入ってなさそうなものを手に取るのは、前提条件であるから崩れることは無い。一番サンドイッチが手に入りやすい所はコンビニだろう。コンビニでサンドイッチを買う場合、商品名をまず見る。「レタス○○」「トマト○○」と書かれたものは視界に入っても除外される。そして野菜が入っていなそうなサンドイッチを見つける。しかし、そのままレジに直行してしまうのは自らの愚かさを見せつけているだけになってしまう。念のため原材料を見て野菜が入っていないかを確認する。これが完璧にできるのも、義務教育をしっかり受けてきた証拠であろう。そんな私に対して、原材料は妨害を行う。「たまごサラダ」といった野菜が入ってるかわからないような書き方をしているものも存在するのだ(そもそもたまごサラダには野菜は入っていないものなのかもしれない。しかし私のサラダ偏差値は38くらい、具体的に言えば田舎の高校並みなのでサラダ事情についてはよく分からないのである)。しまった、こうなるなら高校時代に自習室でお笑いの動画を見ているんじゃなかったと後悔するが、後の祭りである。原材料を見ても野菜の有無が分からない場合は、友人と一緒ならば確認をしてから購入する。もつべきものは友である。1人でコンビニに来ていたり、友人が曖昧な答えを言った場合は、一応買う。そして袋を開ける。心持ちとしてはロシアンルーレットをやらされている気分である。一気に食べる。カチッ。野菜の入っていないたまごサラダだ。ロシアンルーレットに勝利。ロシアンルーレットをやった際、今のところ弾が入っていたことはないが、次は弾が入っているかもしれない。サンドイッチの開拓はしばらくやめ、安心して食べられるサンドイッチを時々食べることにする。

 パン屋に行くと、パンの香りで気分が高揚する。多幸感を味わう。合法の麻薬のようなものである。気分の高揚作用等があるということは、おそらく覚せい剤かコカインといったようなものだろうか。ちなみにヘロインはダウナー系の麻薬である。その合成麻薬を嗅ぐのは好きだし、パンを買うのも楽しいし、食べても美味しい。しかし、パン屋の中にはとてもオシャレなものも存在する。シティパン屋、オーガニックパン屋がその例である。柔らかな明かりの灯る店内に、見慣れない横文字が書かれたパン。いまだにそういうパン屋に入ると緊張してしまう。パン屋に来ただけなのに、どうしようもない。私が小さい頃よく買っていたパン屋も、高校生の頃によく買っていたパンも、現在足繁く通っているパン屋もオシャレではなかった。そのため、オシャレなパン屋に対する予防接種を受けてこなかったのだ。インフルエンザの注射は毎年しているのにもかかわらずである。一度何かの間違いで東京のオシャレなパン屋に入ったことがあったが、雰囲気に殺されて、価格に殺されてしまった。これだから田舎者は辛い。

 色々言ってきたが、パンは美味しい。たとえ嫌いなパンがそこそこ存在するというマイナス要素を追加したとしても、パンの好き嫌いの目盛りは美味しいに傾いている。しかし、やはり好きな食べ物を言う時に、「パン」と言うことは無い。要領を得ない回答になってしまう気がするだ。おそらく最初に言った、守備範囲が広すぎる問題が絡んでいるのだろう。まあ私の考えすぎかもしれないが。
 高校生の頃に食べた総菜パン。昼に食べた時塩辛すぎて、午後の間体調が悪くなってしまった。健やかな生活を阻害するパンというのもなかなか珍しい。しかし、しばらくぶりに食べていないと、記憶が美化されてきたのか、食べたくなってくるものだ。今度体調を悪くしに、そのパン屋に寄ることにしよう。