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コムギココメコ

忘れてもいいことを書くので不備忘録

読書感想文その6

 お元気ですか?

 

 本の感想を書く。10月分が終わり今回から11月分に入る。思いついたときにやっておくと、記憶からパラパラと落ちていく本の印象が最小限で済む。パラパラって基本的にチャーハンのおいしさを表わす時くらいしか日常生活で使わなくないですか? それは置いといて、本の感想を早速書いていく事にしよう。

 

鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』(講談社現代新書)

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 一時期、「自分探しの旅」というものが少し流行った。アイデンティティをうまく見つけられない人々が、地方など誰も自分の事を知らない場所に行ってアイデンティティを探し出す旅である。要するに観光。最近はあまり聞かなくなった。変わった観光ブームも一過性のものだったのだろう。自分自身が旅で見つかるのなら苦労はしない。
 この本では、ぼんやりとしか分からない「わたし」について、様々な例をあげて書かれている。高校の教科書にもなるくらいなので、難しい文章ではない。しかし、難しい問題ではあるだろう。自分のアイデンティティなど、よく分からないまま生きて死ぬのが普通だからである。
 そもそも、自分で自分のアイデンティティを定義することなどできるのだろうか。「自分の事なんか、誰も分かってくれない」と思春期の少年が言ったり考えたりしているフィクションは多く存在する。実際の少年たちも同じような事を思っているのかもしれない。しかし、他人と同じくらい、下手したら他人以上に、自分は自分自身の事を知らない。じゃあアイデンティティとはどのように形成され、不安定ながらも定義されるのだろうか。この本では、それに対する見解も書かれている。
 思春期の人々、自分探しの旅に出ようとしている人は、一回この本を読んでみてはいかがだろうか。特に、自分探しの旅をしようと思っている人は、この本を読んでみて、自分の中でよく噛み砕いてからでも遅くはないだろう。

 

芥川龍之介地獄変・偸盗』(新潮文庫)

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 言わずと知れた文豪、芥川龍之介の作品集である。この本で収録された作品は「王朝もの」と呼ばれるものである。芥川の代表作である「地獄変」や「藪の中」などもこの本の中に収録されている。
 今回言及するのは「偸盗」と「往生絵巻」である。「偸盗」は盗人同士のどろどろとした愛の模様を描いているが、この「どろどろ」を醸し出すのが上手い。作品の中の季節、場所、状況といった、登場人物とは直接的に関係ない所で、「どろどろ」を書き表す。これが出来ているからこそ、登場人物の会話が引き立つように思える。この作品の季節は夏だが、夏のうだるような暑さが、本の表面から、インクから滲み出るようである。終わりがすんなりしすぎている感じもしたが、季節の描写だけでも一見の価値ありだと思う。
 「往生絵巻」は戯曲形式で書かれた小説である。話自体は短いが、戯曲形式だからこその可笑しみがある。この話は、法師が物を叩き大声で阿弥陀仏を唱えながら歩いている様子を、色々な人物が噂をしている。しかし、いきなり童や女などに交じって、
犬「わんわん。わんわん」
カラス「かあかあ」
などと書かると、思わず笑ってしまう。またこれらの文章は可笑しみを生み出すだけでなく、日常の風景を思い起こさせる役割もあると思う。人と外で喋っているときにカラスがかあかあと鳴く。ごくありふれた光景だ。そんな光景を書くことで、日常を読んでいる人々は感じることができる。
 後期の芥川作品よりも読みやすく、鬱々とした感じもないので、「芥川龍之介を読んだことがないけど興味がある」という人は、羅生門や鼻が収録されている文庫本を読んでから、次にこの本を読むといいだろう。

 スパゲッティを食べ過ぎたので、今日はこれで終わりです。