コムギココメコ

忘れてもいいことを書くので不備忘録

アマチュアハングリー精神

 スマートフォンのモバイルバッテリーを購入した。スマートフォンを購入したのが2013年の3月下旬だから、おおよそ3年半モバイルバッテリー無しの生活をしていたことになる。

 友人たちは大体モバイルバッテリーを持っている。スマートフォンは色々なことができるが、色々な事をやろうとするほど充電を多く食べる。文明を凝縮した小さな塊を持っているわけだから皆色々な事をやりたがる。その結果スマートフォン本体の充電だけでは足りなくなり、モバイルバッテリーを購入するのだ。

 私もスマートフォンで様々な事をやった。天気を見たり、家計簿を付けたり、プロ野球の速報を見たり、麻雀をしたり、猫を集めたり、SNSを起動したり......書き上げればキリがない。しかし、充電はゴリゴリと減っていく。あっという間に15%を切り、画面に「充電が足りないよ」と警告文が表示されるようになる。

 不幸なことに、私の持っている機種は充電の減りが早いことで批判されていた。早食いが過ぎる。そんなに食べるのが早いと充電がのどに詰まってしまう。健康にも良くない。よく噛んで充電を味わうべきだ。

 今まで、充電をめぐる厳しい戦いを行ってきた。東京に行く用事があり、電車に乗る。乗換を調べ、Twitterを開いて寝ていた時間のタイムラインをさかのぼる。しばらくして充電を確認すると「76%」と表示される。満タンの状態で使ってからまだ1時間もたっていない。というよりも1時間ずっとスマートフォンを使っているわけではない。せいぜい15分くらいで、後は音楽を聴いて本を読んでいた。これでは夜まで到底充電はもちそうにない。電車の中でスマートフォンを使わないことを誓う。

 誓いの9割は破られるものである。その後もちょくちょくスマートフォンを操作し、目的地に着くころには65%程度になっている。充電がもつかビクビクしながら電車を降りる。

 用事が終わり、夕方になる。その間スマートフォンは使っていない。今日は何とかなりそうだと思いながら電源をつけ、唖然とする。充電が40%ほどになっているのだ。20%どこで使う要素があったんだ。アプリの自動更新も切ってあるんだぞ。ちゃんと報告してくれないと困る。

スマートフォン「今から充電を20%消費します」

私「え、困る」

スマートフォン「ムシャムシャモグモグ」

私「困る」

 報告されても困る。焦る気持ちを抑えながら電車に乗り込みスマートフォンをいじる。Twitterを開いてタイムラインを1分流し読みするだけで4%充電をもっていかれる。慌ててスマートフォンをしまう。電車の中では老若男女がスマートフォンを操作している。彼らは充電切れの恐怖におびえていないのか。きっと充電が切れたら皆がモバイルバッテリーを取り出す。しかし、私は持っていない。私のスマートフォンだけが静かに死んでいくのだ。本を読む気にもならず、ひたすら眠る。

 家に帰るころには充電は残り5%になっていた。ギリギリの生活が体にいいわけがない。

 そんな焦りの日々を続けていたが、なかなかモバイルバッテリーを購入しなかった。買うお金はあったのだが、その場その場の欲求に負けるのだ。ラーメンを食べたり、CDを借りたり。モバイルバッテリーはその場その場の欲求にかき消され、後日必要性を痛感する。同じことの繰り返しだった。

 そんな日々から脱却するきっかけは、仙台への旅行であった。旅行先でスマートフォンが使えなくなると少々厳しい。1日目に友人に頼み、ヨドバシカメラに行ってもらう。仙台である意味がない。もっと早く買えばよかったと思う。

 モバイルバッテリー売り場に行き、適当に購入する。ついでにコンセント付きUSB充電ポートも購入する。これで社会の仲間入りだ。

 今までモバイルバッテリーを持っていなかったことを友人に言う。「ハングリー精神だね」と返される。私はハングリー精神の持ち主だったのか。そうか。ハングリーか。ハングリー精神のプロやハングリーガチ勢に言ったら怒鳴られそうだ。

 その後、スマートフォンの充電を気にすることはあまりなくなった。心に余裕ができたからだろうか。それに、心なしか充電の減り遅くなった気がする。心に余裕ができたからだろう。