コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

箱ⁿ(Remix)

 ある日、玄関のチャイムが鳴った。誰かが家を訪ねてくると連絡は来ていなかった。郵便か宅配便だろうと思い、男がドアを開けると、そこには誰もいなかった。いたずらかと思い、苛立ちはじめる。ドアを閉めようとすると、地面に箱が置いてあるのに気が付いた。箱はいわゆる段ボール箱で、A4用紙がピッタリ入るような大きさだ。

 誰が置いた箱かも分からないので、そのまま放っておこうとも考えたが、一度目についてしまうと気になって仕方がない。男は箱を持ち上げて家の中に運び始めた。

 男は段ボール箱をリビングの床に置いた。差出人も箱の中身も書いていない。一体誰が置いたのだろうか。知り合いであれば名乗り出ていいはずだ。名乗りもせずに帰ってしまったのだ、何か後ろめたいものでもあったのだろうか。

 例えば、誰かがペットを飼っていたが、家庭の事情で手放さなければならなくなった。どこかの路上に放置するのは野ざらしに等しい行為だ。心が痛む。それならば、誰かの家の前においておけば、その家の人物にも責任が発生する。いわば共犯関係のようなものだ。

 なんてことだ。実に身勝手な輩である。男は怒りをどこかにぶつけようとした。しかし、これはあくまでも男の想像であり、まだ箱は開けていないのだから、真実かどうかも怪しい。男はとりあえず、怒りを一時的に引き出しにしまっておくことにした。また別の機会に開けることだろう。

 他の線も考えてみよう。ネットサーフィンをしているときに、ある人物が通りすがりの人物に何かが入った手提げ袋を貰ったという話を見た。その人物は不審に思い、近くのコンビニに袋を捨てたのだが、後にその袋の中身をヤクザが必死に探していたことを知る。つまり、危ない代物だったのだ。

 ついに俺の身にも読み物のような災難が降ってきたのか。とにかくすぐ逃げられる準備をしなければならない。

 男は押し入れからボストンバッグを取り出したが、まだヤクザが探している代物だと決まったわけではないし、それらしき人物も家には来ていない。とりあえず、箱の中身を特定させて、違法な代物であることが分かってから夜逃げすることにしよう。

 何か手がかりが掴めないものかと、とりあえず箱を振ってみる。何も音はしない。箱の中身がかなり詰まっているのだろうか。しかし、重さはあまり感じられない。手がかりが掴めるどころか、さらに謎は深まってしまった。

 結局、箱を開けてみないと正体はつかめなかった。

 男は意を決して、箱を開けてみることにした。箱を開けた瞬間爆発、箱を開けた瞬間に生き物が襲い掛かってくる、なんてこともありえなくはないので、とりあえず近くにあった文庫本で顔を守ることにした。直接顔面に攻撃を受けるよりはいくらかマシだろう。

 男は箱に手をかけた。手は小刻みに震えていた。震えをごまかすように一気に開く。中身が露わになった。箱の中には、ミニチュアの男の部屋と箱を開けた男、そして同じ形をした小さい箱があった。小さい箱には更に小さい男の部屋と箱を開けた男、そして同じ形をしたとても小さな箱があった。

 男は安堵と困惑が混ぜこぜになったため息をついた。しばらく男は動かなかったが、やがて箱に対する好奇心が湧くのを感じた。触ったらどうなるのだろう。男は箱の中にいる小さな男をつまみあげてみた。

 それと同時に、部屋の中に大きな手が現れた。手は男の腰のあたりをつまんで持ち上げた。男は驚きのあまり、体を強張らせた。どうすればこの手から逃げられるのか。男は体に力をこめ、もがいた。掴んでいる小さな男を忘れて。

 男は持てる限りの力を体にこめた。手にも力が入る。

 ブチッという音とともに、小さな男の体がちぎれた。同時に、男は潰されたカエルのような声を出して動かなくなった。大きな手も力が抜け、2つになった男は床にたたきつけられた。