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コムギココメコ

忘れてもいいことを書くので不備忘録

読書感想文その11

 今回は11回目の読書感想文である。最近小説を読んでいないので、そろそろ読もうかなと思っている。読むかどうかは未来の私が知っている。現在の私は知らない。秒数が経つにつれて現在の私が変化し、過去の自分は増え、未来の自分は減る。砂時計のようなものだ。

 ジャンルに偏りがあるのは、趣味が脳を侵食しているからである。

 

小林恭二『短歌パラダイス―歌合二十四番勝負』(岩波新書)

短歌パラダイス―歌合二十四番勝負 (岩波新書)

短歌パラダイス―歌合二十四番勝負 (岩波新書)

 

  ブログでも何回も言及している通り、最近短歌にハマっている。短歌を作るだけではなく、好きな歌人の歌集を買うこともある。それだけでは不十分だと思い、短歌について書かれた本も読んでいる。

 この本は伊豆で行われた歌合について書かれている。歌合はうたあわせと読む。歌合についてざっくり説明しておくと、歌人がAチームBチームに分かれてそれぞれ題に合わせた歌を作り、優劣を競うものである。どう優劣を競うかというと、チームごとに提示された歌をチーム同士で弁護や批判を行うのである。弁護や批判を行う人(念人。おもいびとと読む)が議論して、最終的に判者(はんじゃ)が優劣を決める。この本では2通りの歌合が行われた。

 歌人も豪華である。ベテラン、中堅、新進気鋭の若手などバランスよく揃っている。歌人の紹介をしても分からない人が出てくるし、自分もまだ短歌を始めたばかりでうまく説明ができないため、豪華メンバーとだけ覚えておけばいいだろう。メンバーを知りたい人は読むか調べるかしましょう。

 短歌は歌の意味を汲むことが難しい場合がある、しかしこの本では作者が自身の解釈を提示しているため、ちんぷんかんぷんということはないだろう。作者も匙を投げそうになる歌は少し存在するが。

 議論も白熱している。しかし、高度すぎるということはなく、気が抜けるような掛け合いも行われていることもある。また、同じチーム同士で解釈が分かれている場合もあり、そこを相手チームに突っ込まれていることもある。それだけ短歌は様々な読み(詠み)ができるということだろう。

 歌合は本文中にも書かれている通り、遊びの一種である。遊びを軽く見る人もいるだろうが、今回の遊びは大人が本気になって取り組んでいる。しっかりとルールを決めた本気の遊びはかなり盛り上がる。本気で遊ぶことの楽しさと遊んだ後の疲労感もこの本には書かれている。

 短歌を詠む人は沢山いる。しかし、短歌を詠む人がほかの人の短歌をしっかり読んでいるかは別の話である。短歌を詠むだけでなく読んでみたいという方に、この本はおすすめである。

 

穂村弘『世界音痴』(小学館文庫)

世界音痴〔文庫〕 (小学館文庫)

世界音痴〔文庫〕 (小学館文庫)

 

  様々な人が様々な感覚を持っている。皆が共感できる感覚もあれば、傍から見ればあまり理解できないもの感覚も存在する。マイ感覚が人々には多かれ少なかれ備わっている。例えば、私は透明なのに味がついているものが苦手だ。ポカリスエットアクエリアスは色がついているので安心して飲めるのだが、いろはすのみかん味は透明なのに味がついていて怖い。

 この本では作者の様々なマイ感覚が書かれている。飲み会で自然に席を移動することができなかったり、15年も自室の窓を開けなかったり、自由席を怖がったりなどなど、共感できるものも結構あるが、あまり理解できないものもある。

 マイ感覚は自意識の表れである。自分が世界でどう動いているか、考えてしまうことが多い人ほど、マイ感覚は増えていく。ポケットの中からあふれてしまうほどマイ感覚が多くなっても、なかなか捨てることはできない。捨ててもまた戻ってきてしまうからだ。

 作者の穂村氏はそのマイ感覚をエッセイにしている。何冊もエッセイが出るのは、それだけマイ感覚を多く持っている人がいるからだろう。また、世界に潜んでいる様々なものに穂村氏は気づく。気づくからこそ短歌で名をあげたのだろう。自分に違和感を多く感じているから、世界の違和感にも多く気付けるのだ。

 読んだ人の中には、この作者、以外に良い経験をしているのではと考える人もいるだろう。ガールフレンドもいたらしいし(現在は結婚している)、交友関係もそこそこ広そうに見える。しかし、他人から見る自分と自分から見る自分は違う。いくら充実した生活を送ってそうに見えても、当事者は何となく違和感を感じていることだってあり得るのだ。

 作者は自分の感覚をさらけ出している。作者に共感したり、好感をもったり人が現れるのだろう。自分の感覚をさらけ出すことはそうそうできることじゃない。世界音痴だと作者は自虐するが、マイ感覚をさらけ出している作者は、音痴ながらも堂々と歌っているのだ。