コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

fugitive

 好きだからこそ、ひたすらに待つ。もう会わなくなる最後の最後まで、ただただ待ち続ける。

 私は高校3年間の間、好きな人がこの場所に来るのを待っていた。正門から校舎へ向かう道を少しずれたところにある、昔の卒業生たちが記念に植えた桜の木の下。そこで3年間、学校のある時は待ち続けた。

 好きな人とは1年生と3年生の時に同じクラスだった。彼はクラスで目立つタイプではなかったけど、私には彼がとても特別な人のような気がした。いつ誰と話しても落ち着いた語り口で、穏やかに笑っている。そんな彼が持つ暖色の明かりのような雰囲気を、私は好きになった。

 彼は吹奏楽部でトロンボーンを担当していた。私はトロンボーンについてほとんど分からないし、彼がトロンボーンを吹いている姿を見たことはないけれど、彼が吹いているのだからきっと良い音色を聴かせてくれるのだろうし、吹いている姿だって恰好良いのだろう。

 そんな彼と、私はほとんど喋ったことがない。彼の仕草に惹かれれば惹かれるほど、私は近づくのが怖くなってしまった。ふらふらと火に近づけば、きっと私は焼き殺されてしまう。そんな気がしていた。彼と一緒になろうと行動を起こす気になんてなれなかった。

 だから私は偶然に運命を委ねることにした。桜の木の下で彼が来るのを待ち続けて、彼がここを通りかかったときに想いを伝えることにした。その事を決意してから、私は学校のある日は必ず木の下で彼を待っていた。授業が始まる前と昼休みと放課後、ひたすらに私は待ち続けた。普段あまり人が通らないところだったけど、たまに通った生徒や先生は、桜の下でたたずんでいる私のことを不審そうに見ていた。友達に、休み時間どこに行ってるのと尋ねられたりもしたが、私は適当にごまかした。もう止めようかなと何度も思ったけど、もし明日彼がこの木の下を通ったらと考えると、止めることはできなかった。

 そうして桜の下で待ち続けて、とうとう卒業の日になった。卒業式を終え、クラスで写真を撮ったり、高校生活最後のたわいないお喋りを続ける中、私は桜の木の下に急いだ。桜の下に着いた直後、彼が遠くから歩いてくるのが見えた。ついに、彼が桜の木ににやってくる。夢にまで待ちわびた瞬間が、最後の最後で私を迎えに来てくれたのだ。彼は友達と少しずつ少しずつ、こちらに向かってきて、そして、立ち止まった。私まであと30m。彼は何かを思い出したような顔をして、元来た道を引き返してしまった。彼は少しずつ点になって消えていった。

 その後、校舎から活気が消えて、外が薄暗くなるまで待っていたが、彼が来ることはなかった。街灯の明かりが灯った時、私は全てが終わったことを理解した。

 家に帰る途中、街灯の周りを虫が1匹、必死に飛び回っているのを見た。私は制服のスカーフが重くなっていくのを感じながら、家路を急いだ。