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備忘録と不備忘録を行ったり来たり

『Death Peak』から下山して(Clark『Death Peak』レビュー)

 音楽を聴くことが好きな人々の大半には、1番好きなアーティストという概念が存在している。

 そのアーティストが新しいアルバムをリリースしたとなれば、早くCDを買うなりどこかで借りるなりして聴こうと落ち着かなくなることもあるだろう。今回はどんな曲を聴かせてくれるのか、どう変わったのか、様々な期待が脳を駆け巡る。しかし、1番好きなアーティストとだけあって、もしリリースされたアルバムが自身の音楽的ツボにはまらなかったらどうしようかという一抹の不安もある。そうした期待と不安の中で我々はCDを開封し、最初の音を出すのである。 

 私が最も好きなアーティスト、Clarkが4月7日にアルバム『Death Peak』をリリースした。通算8枚目のアルバムである。

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 Clarkはイギリスのミュージシャンである。ジャンルで言うならばエレクトロニカになるだろう。Warp Recordsという、エレクトロニカ・テクノ界隈ではもっとも有名なレーベルに所属している。

 この男のすごいところは、アルバムごとに作風をどんどん変化させていくところであうる。ファーストアルバムの『Clarence Park』では美しい音と無邪気なビートが両立されていて、『Empty The Bones Of You』では無邪気さは抑え気味だったが緻密な電子音で我々を魅了し、『Body Riddle』では生音と電子音の融合を行った。

 4thアルバムである『Turning Dragon』では一転して攻撃的なダンストラックを並べ、『Totems Flare』では素直に踊れないビートと忙しないメロディを我々に叩き込んだ。6thアルバムである『Iradelphic』はまた作風を変え、生音を再び全面的に導入し、ノスタルジーと悪夢の間を我々に見せた。7thアルバムの『Clark』では、今までのアルバムの総決算的な内容とドラマチックさを持って我々の耳に飛び込んだ。Clarkは常に予想を裏切り、超えていくアーティストであった。

 そして、8thアルバムである『Death Peak』である。Clarkはどんな手を使って我々の予想を裏切ってくるのか。ネットにアップされた記事などを見ていると、『声』を全面的に使っているらしい。Clarkはインタビューで人の声を「もっとも完璧なシンセ」と評している。声を素材にした曲は今までに存在したが、今回Clarkは声を「シンセ」と評している。どういったことなのか。手に入れるまで謎は深まるばかりだった。

 私は、手に入れる前にどういったアルバムなのか予想することにした。自らの顔がくしゃくしゃになったジャケット。「顔の加工」という点では、前作の「Clark」と似ている。

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 こちらが前作『Clark』のジャケットである。

 そして、先行公開された"Peak Magnetic"を聴く。前作とは音の質感が異なるが、4つ打ちのビートの曲である。私は、『Death Peak』が前作の発展的なアルバムではないかと予想した。

 そうして4月10日、リリース日から遅れて3日後にアルバムは届いたのだ。

  急いでCDを取り出し、パソコンに入れ、聴いてみる。どんな音を出すだろうか……。

"Spring But Dark"は、1分程度の、アルバムのオープニングを告げる曲である。おお、最初に短い曲を持ってくるのは前作と同じだな、などと思いながら次の曲"Butterfly Prowler"に入る。ここで、声がどのように使われているか、Clarkが何を言いたかったのか、おぼろげながら分かってくる。言語やループ素材、アクセントとしての声ではない。4つ打ちのビートが敷かれた上を、声が音を纏って溶け込んでくるのだ。"Peak Magnetic"ではダイナミックなメロディと声が我々を覆う。

 一転して4曲目の"Hoova"、5曲目の"Slap Drones”では不穏な雰囲気の中、ときおり攻撃的な音が嵐のように我々に襲い掛かる。その嵐が静まり、一瞬の穏やかさのようなアンビエント曲"Aftermath"が流れる。それが終わるといよいよアルバムも終盤である。"Catastrophe Anthem"、"Living Fantasy"が荘厳さを持った声とともに現れ、クライマックスが近いことを知らせる。

 そして、最後の曲"Un U.K."に到達する瞬間、我々は死の山頂の最も近いところを登っていることに気が付く。初めは4つ打ちのビートとともに比較的穏やかに進むが、徐々にメロディが我々の周りをうねり始める。そして、何かがきしむような音を境にして、突如死の山頂は荒れ、音の風が鼓膜の中を、全てを破壊するかのように吹きすさんでいく。一瞬の静寂が訪れたのも束の間、再び死が音となって、我々を食らい尽そうとする。その中を1秒、1秒と進んでいくと、不意に音が途切れる。それ『Death Peak』に辿り着いたことを意味する。その瞬間、荘厳な音が光とともに現れるのだ。その時の音こそ、『Death Peak』から見える風景を表していると言っていいだろう。

 輸入盤はそこで終わるが、日本盤にはボーナストラックがついている。正直、ボーナストラックは最後の荘厳さを吹き飛ばしかねないので、無くてもいいかなと思った。それほど"Un U.K."は素晴らしい曲である。10分を超える曲だが飽きを感じさせない。

 

 個人的に好みの曲が多いアルバムは『Totems Flare』である。これは『Death Peak』を聴いても変わらない。しかし、アルバム全体としての完成度は『Death Peak』が1番だと個人的に思う。このアルバムにはClark史上、最も壮大で荘厳な展開が存在している。見事に予想は裏切られた。

 さて、このアルバムの後、Clarkはどのようなアルバムをリリースしてくれるのだろか。それが1年後か、3年後か5年後か、それとももっと先かは分からない。それでも、次のアルバムが、また我々の予想を大きく超えるものになることは容易に予想がつく。それまで我々は、アルバムといういくつもの山を何度も登ることになるだろう。