2017年リリース。志磨遼平による流動的なソロプロジェクト、ドレスコーズの5thアルバム。
ドレスコーズのアルバムを聴くのはこの作品が初めてなので、それ以前のアルバムがどういった音楽性なのかは分からないということを最初に書き記しておきたい。
このアルバムは『ごくごく近未来の世界で発表されたとあるバンドの作品』というコンセプトで、個性と平凡の価値が逆転した世界観が描かれている。
個性的であろうとすることで、かえって「個性的である」というテンプレートに嵌め込まれてしまうある種の逆転現象によって、かえって平凡であることのほうが個性として浮き出ていってしまう世界と、その反動としての平凡への希求が歌詞の中で何度も現れる。<平々凡々こそ我らの理想>と高らかに告げる『common式』はその世界観を端的に表している。
音楽的にはファンクが土台になっている。前に乗り出してくるベースや、歯切れの良いギターのカッティングギターなどが印象的だ。ホーンとともに平凡を高らかに宣言する『common式』、かと思えばすぐさま逆の思想へと歌詞が向かう『平凡アンチ』。Bメロのメロディが民謡的に聴こえる『人民ダンス』、前面に出たスラップベースと歌謡曲チックなストリングスが特徴の『エゴサーチ&デストロイ』、レゲエまで取り込まれた『静物』など、聴きどころは多い。個人的にはバスドラムと重なり続けるギターがサビで解放され、踊り狂う『マイノリティーの神様』が一番好みだった。
ディストピア的な世界観は、先人たちの多くのアイデアがあるため、このアルバムに収録された曲の歌詞が、そこから一歩先を行っているかは正直分からない。しかし、暗くなりがちなディストピア的世界観にファンクの快楽性を混ぜ込めたのは、結構すごいことなのではないだろうか。
以下は直接アルバムと関係はないが、このアルバムをリリースしたときの志磨遼平が心を揺さぶられるほどに格好いい。
2020年はこういう感じになりたい。