コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

ドラキュラ屋敷

「困ったものだ」
 町内会長はため息をついた。ため息が飛んでいく先には、巨大な屋敷があった。
 町で一番大きな建物で、外国の映画に出て来そうな立派な洋館だったが、ここ数年、誰も借り手がいなかった。とある噂のせいで管理したがる人もいないため、草は生えっぱなしでぼうぼう、屋敷の中もおそらく状態が悪いことが容易に想像できた。
 誰も借り手がつかない理由になっている噂。それはドラキュラが住んでいるのかもしれないということだ。
 いくらでも馬鹿にしてくれて構わない。鼻で笑っても別にいい。しかし、K町の住人は皆、この建物にドラキュラがいると信じ切っている。事件だって起きた。
 5年前の夜、この屋敷に住んでいた人が謎の死を遂げた。失血死だった。不審な点は、首には鋭い歯のようなもので噛みつかれた跡があったという事だ。警察は捜査を行ったが、結局、犯人は未だに分かっていない。
 その後も、夜中に度胸試しと称して屋敷に忍び込んだ学生が、何者かに噛みつかれる事件が何回かあった。いずれの事件の時も、謎の死を遂げた時と同じように、鋭い歯の痕が残っていた。
 ここ2年ほどは何も屋敷に関連した事件は起こっていない。裏を返せば、誰も忍び込む輩がいなくなったという事だ。小中学生には一定数度胸を人生のステータスだと思っている奴がいて、度胸を示そうとしていわくつきの場所に忍び込んだりするものだが、この屋敷に限ってはいなくなってしまった。度胸を示すのにはおあつらえ向きな場所なのに、である。まあ、忍び込んだ奴が100%事件の被害者になっているのだから、無理はないが。
「住んでくれとは言わないから、誰か管理してくれないかね」
町内会長はタバコ屋の婆さんに言った。
「実害が出てるんだし、見て呉れからして不気味なんだから、そんな奴いないよ。もしいたとしたらよっぽど鈍い奴か、ドラキュラに噛まれても平気なやつくらいだよ」
「お婆さんはドラキュラとか信じるんですか?」
「そうとしか言えないじゃないか。誰が趣味で人を噛んだりするんだい? ありゃドラキュラだよ」
 ある日、男が街にやってきた。体格の良い、スポーツ刈りの男だった。男は店をオープンするための建物を探していた。不動産屋に行ってみたが、男の満足するものは無かった。
 不動産屋は、最後に冗談半分で例の屋敷を勧めてみた。男はこの屋敷にすると言った。冗談が冗談でなくなってしまった。慌てた不動産屋は事情を説明したが、男は信じていないようだった。
 また事件が起こると屋敷だけでなく、周りも風評被害に遭ってしまう。そう思った不動産屋は男に、安くするから違う物件にするよう何回も説得したが、男が首を縦に振ることはなかった。
 その後、屋敷の中に業者が入り、リフォームが行われた。また事件が起こるのではと町の人々はビクビクしていたが、工事は昼間のみ行われたため、被害者は出なかった。
 リフォームが終わり、男の店のオープン前日になった。町内会長は男の元を訪ねた。
「本当に店をオープンするのかい?」
「ええ」
 男は自信満々に答えた。
「しかしね、あなたも聞いてるでしょう? この建物にはいわくつきだって」
「でも、ここは駐車場になりそうなスペースも沢山あるし、元屋敷なんていう立地も客を引き寄せるにはもってこいなんですよ。それに、ドラキュラでしたっけ? 私がいるうちは絶対に出ないですよ」
「どうしてそんなことを言いきれるんです?」
 町内会長は思わず尋ねた。
「まあ見ててください」
 男はニヤリと笑った。
 次の日、男の店がオープンした。看板にはこう書かれていた。


『ラーメン○○ ニンニク入れますか?』