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【好きな短歌②】「下剤飲んだからかな・・・」って話してる人がいたんだけれど そうだろ/伊舎堂仁

「下剤飲んだからかな・・・」って話してる人がいたんだけれど そうだろ/伊舎堂仁

(伊舎堂仁「100万」、2018年)

 

 電車に乗っている時や、外食をしている時、ふと他人の会話を受信してしまう時がある。だいたいの場合、それらの会話は進行中のものであるため、脈絡などを置き去りにした言葉だけが頭の中に入る。

 この歌では、誰かが言った『「下剤飲んだからかな・・・」』という会話の断片を主体はキャッチしている。その断片だけを頭の中に入れて、少し考えてみた結論が『そうだろ』である。

 『下剤』はお腹の中にある便を強制的に排出する薬である。『整腸剤』と比べると、効き目がかなり強い。単語としても『下剤』は強制力を持っていて、この単語が来た瞬間、お腹の中に溜まった便が排出されるイメージをどうしても持ってしまう。

 この会話の断片の前には、「腹が痛い」や「腹がすっきりしている」のような、お腹に関する話題が他者同士でされていると思われる。この歌では明示されていないが、『下剤』が強制的に腹というイメージを連れてくることによって、読んだ人は会話の様子を理解することができる。

 強制力が導き出す結論は、『そうだろ』という投げやりな肯定である。下剤を飲んだという前提が他に考えられる理由を消してしまう。ただただ強力な前提を肯定するしかない。この話が耳に入った人は皆、『そうだろ』という結論に至ってしまう。至らせる力がこの歌には宿っている。

 結句は大幅な字足らずになっているが、一字空けが入ることにより、他者の会話が耳に入る→脳に伝わる→解釈する→結論を出すという過程が結句を補い、リズムを崩さない。

 会話が耳に入った時に起こりうる反応の1つを、そのままの状態で歌にしていて、感嘆してしまった。

 

 この歌が入っている連作「100万」は、人が何かをした/言った時の空気や思考をそのままこっちに送ってくる。パッケージを整えすぎて、空気や思考が原材料名の一番後ろに入るような状況を、しっかりと回避している。是非読んでいただきたい。 

 

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