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【短歌の感想】3分半くらいの動画を送信し この世の時を増やすってこと/左沢森

3分半くらいの動画を送信し この世の時を増やすってこと

/左沢森『VとR』(『ねむらない樹 vol.4』、書肆侃侃房、2020.2.1)

 

 この短歌の一番良いと思うところは、「3分半」という時間のチョイスだ。

 世の中には多種多様な再生時間の動画が存在するが、動画を発信する媒体によっては再生時間に制限がある。例えばTwitterは個人のアカウントでは基本的に2分20秒までの動画しかアップロードできない。TikTokはさらに短く、1分だ。

 また、YouTubeでは8分以上の動画になると広告を動画の途中でつけることができる。手軽に広く発信されるためには短い時間の動画、広告をつけるには少し長めの動画と、再生時間一つをとっても動画に付随する発信力(もっと露骨にいえばバズを引き起こす力)や広告力が見えてきてしまう。

 上記の短歌で記載されているのは「3分半くらいの動画」だ。試し撮りにしては時間が長いため、ある目的を持って撮影されているのだろう。動画を撮る目的はおそらくあるのだが、そこにはバズや広告といった動画に付随する力があまり見えてこない。なぜ歌中の主体が動画を送信するのかは読み取れないが、単純に送りたい、もしくは送る必要があるから送ったのだろう。動画を送ることで発生する利益が、この歌から見えてこないところに興味を惹かれた。

 下句の「この世の時を増やすってこと」は、動画を送信することによって、「この世」にある再生時間を含めたあらゆる時間が増えたことを示していると解釈した。この文章を書いている今も、多くの動画がアップロードされ、「この世の時」は増えている。「ってこと」という終わり方も歌に程よい軽さを与えていると思う。

 

 この歌は東京の歌会で初めて見かけて以来記憶に残っていたため、雑誌に掲載されたことで感想を書く事ができて嬉しく感じる。