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乗代雄介『最高の任務』を読んだ

2月18日(木)

 乗代雄介『最高の任務』を読み終える。ブログは時々読んでいたが、小説を読むのは初めてだった。

最高の任務

最高の任務

  • 作者:乗代 雄介
  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: 単行本
 

 

 この本には『生き方の問題』『最高の任務』の2つが収録されている。

 

『生き方の問題』は、<僕>が<貴子>という2歳年上の従姉に書いた手紙という形式をとっている。長さの違う過去の記憶が書かれているのだが、僕は持って回った言い回しを多用する。言い回しに関しては<僕>も自覚的で、<貴子>が途中で手紙を読むのをやめてしまうのではないかという推測を何度もしている。途中で自分も振り落とされそうになったが、そのまま読み進めていった。

 夏に起こった出来事、<貴子>に対する執着をからませた<僕>の文章は、じとっとした空気を絶えずまとっている。

片付けを終えた両親が一息つくのを慎重に待ってから部屋に戻り、急いで引き出しを開けると、手紙の端に丸文字で書かれた僕の名前の向こうから貴方が眩しく笑いかけている、そんな情景をつくって二つが一緒に滑り出てきた。(『生き方の問題』p.15) 

  <貴子>のDVD(ジュニアアイドルをやっていた)と差出人不明の手紙の重なり。しかし、手紙はラブレターだったことが読み進めていくとわかるが、ここでは貴子を際立たせるための装置としてしか<僕>には機能していない。

つまるところ「ごまかさなきゃいい」という以上に大事なことなんて何一つとしてない。(p36-37)

 

『最高の任務』は卒業を控えた<景子>の日記と亡くなった叔母、卒業式の後に家族に半ば強制的に連れていかれた小旅行が中心になっている。

 何気ないエピソードの質感の丁度よさが印象的だった。蟹炒飯に関する決意を語る弟や、<景子>が絶賛する弟のヨッシーのものまねを母に見せた時の反応など、現実がちゃんと地に足が着いた状態で起こりうる少し印象的な場面が、心に留まった。

今度はマドレーヌ*1の上にくっついてたアーモンドスライスを飛ばしてきて、それがちょうど、私が目を落としてる、今まさに書こうと鉛筆を構えてたところに落ちた。カッとなったその一瞬で、私はその下に「マドレーヌ」を書き置くことを思いついた。そして、その素晴らしさに免じて弟を許してやることにした。だからつまり、本物のアーモンドスライスが、この日記の最初の「マドレーヌ」(点をつけたやつ)の上にはのっかっていたのだ。(『最高の任務』p99) 

 思いつけたらその日は確実にうれしいと思う。

 

 ラストの部分は自分も涙の水位が上がっていて、全てが完結していくときになんだか泣きそうになる(その後に決定打がきて泣いてしまう)のは私も覚えがある。

 

自分を書くことで自分に書かれる、自分が誰かもわからない者だけが、筆のすべりに露出した何かに目をとめ、自分を突き動かしている切実なものに気づくのだ。(p.174)

*1:本文ではマドレーヌの部分は傍点が打たれていて、アーモンドスライスがこの部分に落ちたことが示唆されている