コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

路上歌会に参加しました

 短歌を始めると、序盤のほうに『歌会』というものがあることを知る。ポケモンで言うならば、カントー地方におけるニビシティくらいだろうか。ニビシティに住んでいる人、あんまり娯楽がなさそうだけど住んでいて楽しいのか疑問に思うことがある。

 歌会というものについてざっくり説明しておくと、短歌を1人1首(の場合が多い)持ち寄って、集まった歌についてあれこれ感想や評を言っていく催しである。よく喫茶店の個室や貸し会議室を使って行われることが多い。地方の場合だと公民館や市や県の施設の一室を借りて行うこともあるだろう。

 ここで、歌会は部屋の中で行うものなのかという疑問が生じてくる。座る場所があったほうが疲れないし、机があったほうが何かを書くときに便利というメリットがあるため室内で歌会が行われることが多いが、特に場所の規定は無い。以前ブログで書いたことがあるが、海の中で浮き輪を付けてプカプカ浮きながら歌会をしても別に問題はないはずだ。詠草を防水加工にしなければならないし、溺れないよう気を付けなければいけないため、なかなか実現は難しそうだけれども。まあ、歌会はどこでもできるよなとぼんやり思う。

 今回は『路上歌会』という、外で行われた歌会についてレポートを書いていきたいと思う。

 

 路上歌会は伝右川伝右さんが主宰している歌会である(『伝右川伝右』さんと打ち込むとき、皆さんならどうやって打ち込みますか? 私は最初「伝える」と打ち込む→「える」を消す→「右」と打ち込む→「川」と打ち込む→「伝える」と打ち込む→「える」を消す→「右」を打ち込むという順序で打ち込んでいましたが、今は辞書登録をして、快適な生活を送っています)。その名の通り、路上を歩きながら、歌会ができそうなスペースが見つけてそこで歌会を行うのだ。伝右川さんのブログに以前行われた路上歌会の記事がアップされているので、そちらを見ていただけると詳しいことが分かると思う。

fukafukadanchi.hateblo.jp

 

 伝右川さんとは3月に行われたガルマン歌会200回記念歌会で初めて互いに存在を確認した。伝右川さんが以前使っていたTwitterアカウントと私のアカウントが相互フォローだということが分かり、わーっとなった。その日の歌会では別グループで、二次会でも別テーブルだったため、その後は直接話をすることはなかった。

 その後、4月中旬あたりに伝右川さんがTwitterで路上歌会を開催するというツイートをしていて、おっ、やっぱり外で歌会をしてもいいんだなという気持ちになり、参加表明をした。その後歌会の概要と集合場所・時間・参加者をDMで送っていただいた。主催者の伝右川さんの他に、斎藤見咲子さん、睦月都さん、山階基さんが参加するとのことだった。参加者一覧を見て、さっそく緊張してしまった。名前を見た・聞いたことがある方と会うことになると、とても緊張してしまう。

 その後、4月が終わり、5月になり、よく分からないまま元号が変わり、元号が変わった日の夕方から38度を超える熱を出し、インフルエンザの検査を受け、ひたすら待合室で祈り続け、インフルエンザではなく環境の変化による疲れということが分かり(復職したばかりだった)、友人との飲み会を泣く泣くキャンセルするという出来事が起こり、歌会当日となった。

 

 電車に乗っている間、ずっとSCPの記事を読んでいた。SCPとは「自然法則に反した物品・場所・存在を取り扱う架空の組織の名称であるとともに、それについての共同創作を行う同名のコミュニティサイトである」(Wikipediaより引用)。もともと都市伝説など、本当にあるのか不確かな話が好きだったので都市伝説要素もあるSCPに関しても数年前からハマっている。特にSCP-261(異次元自販機)とSCP-414(それでも、私は病んでいる方が好きかもしれない。)が好きである(SCP-414はリンク先の画像が不気味なので、閲覧する際は気を付けてほしい)。

ja.scp-wiki.net

ja.scp-wiki.net

  

 集合時間の30分前に上野駅に着く。ドトールでココアを飲みながら、『稀風社の経験』を読む。

kifusha.hatenablog.com

↑本の詳細について。そのうち感想文を書ければと思っている。

 

 集合時間10分前に伝右川さんと合流。その後斎藤さんとも合流した。睦月さんと山階さんは遅れてくるとのことだった。

 快晴だったこともあり、上野では多くの人が歩いていた。気温が高かったこともあり、半袖の人もいる。私は半袖のシャツを新潟の家から持ってきていなかったため、初めから手札になかった。我々は配られたカードで勝負するしかないのだ……。

 はじめにコンビニに行き、各自食料を買った。私はソースマヨもんじゃと海味鮮(うみあじせん)、コーラを購入した。海味鮮、食べると止まらなくなるので気を付けてほしい。

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 コンビニやスーパーに売っていると思う。世界中に存在する丸いものの中でも、かなり上位にくる丸である。

  コンビニを出ると、伝右川さんから詠草を貰った。はがきサイズでかっこいい。詠草の日付が令和になっていて、まだ私のなかで新元号がなじんでいないことに気づいた。

  上野公園へ向かう途中、パイナップルを凍らせたようなアイスを伝右川さんが食べていた。こういうものは手軽で食べやすいし、袋から少し出して食べれば手も汚れない。対してソースマヨもんじゃは、手軽に食べられる力が少し劣る。手が汚れるし。さすがは路上歌会経験者である。

 

 上野駅で睦月さんと山階さんと合流することができた。このときが緊張のピークだったと思う。とりあえず上野公園内を歩いていくことになった。

 上野駅の公園口を出てすぐのところに、『パンダは前に並んでいた人が見ることができます』という旨が書かれた掲示物があって、ひとりで面白くなってしまった。そりゃ前に並んでいる人がパンダを比較的早く見ることができるだろう。

 途中で自動販売機に並ぶ人の群れを見ながら数分歩き、とりあえず噴水の近くで歌会をすることになった。子供が鳩を追っかけまわしていたがなかなかつかまらない。子供が鳩に遊ばれている感じがした。また、噴水は背の高いやつと低いやつがあるらしい。

 噴水の近くで1首目を行い、少しお喋りをした。以前は渋谷でも路上歌会をやったことがあるらしい。その時は座るところが無くて苦労したとのことだった。公園は座れる場所が割と多くて路上歌会には向いているのかもしれない。

 

 再び公園を進んでいき、屋台が並んでいるところに出た。人口密度がそこだけ高くなっているのが一目でわかった。屋台の中に『桜のソフトクリーム』というものがあった。”まるで桜餅のような美味しさ”(うろ覚え)というキャッチフレーズがあったが、桜餅とソフトクリームだとどちらが美味しいのだろうと疑問に思った。ソフトクリームは桜餅に負けているのだろうか。そこらへんは宗教になってくるのでこれ以上の追及は止める。

 屋台の近くで子供が「1時間! 1時間!」と親に叫びながら通り過ぎていった。何かをお願いしているような口調だったが、いつ、どこで、誰が、なぜ、どのような目的で1時間なのかは分からなかった。

 屋台を進んでいく。チーズハットグの屋台があり、屋台も最近の流行を取り入れているのだなと感じた。チーズカリカリスティック、最新式コンピュータ手相占いなど他にも面白そうなものがあった。手相占いはやっていないが、傍から見ると最新感は感じられなかった。最新すぎると逆にチープに見えるのかもしれない。

 屋台を抜けると、常香炉という魔よけの効果があるらしい煙が出ている場所があった。山階さんと100円を入れて、線香に火をつけてみる。私のやつは途中で火の勢いが強くなり、慌てて灰の中に刺したが倒れてしまった。火は熱いので怖い。でもラーメンは熱いのに怖くない。何が違うのだろう。

 常香炉近くの休憩スペースで2首目・3首目について評を行うことになった。近くの池のほとりでは、鳥たちが集まっていた。池の奥にケンタッキー・フライド・チキンの看板が見えて、弱肉強食感がある構図になっていた。

 2首目の評が終わった後、お土産の話になった。私は個人的に思っていた、『○○に行ってきましたクッキー』を買ってくる人のお土産力を疑ってしまうという話をした。あのクッキー、どこの観光地でも売っているような気がして、ご当地感が少ないと私は思う。個人的には貰ってもうれしさが少ないのだが、あれを買うことでお土産を買ったという実績が解除されるという利点が存在する。また、個数が多いわりにはお手頃価格のため、人数の多い職場にお土産を持っていくには便利かもしれない。

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 こういう感じのクッキーである。

 

 再び公園を歩く。途中で元号が変わった5月1日に熱を出して夜間外来に行く羽目になった話をした。改元疲れという単語がお喋りの中から出てきて、そういうのがあるのかなと少し考えてみた。しかし、確認するには元号が再び変わる必要があり、しばらく時間がかかりそうだ。また、「平成最後の」という言葉が消費されすぎて、自分の取り分が残っていないように感じたという話もした。4月に入ってから「平成最後の」という言葉があまりにも素早く消費されていて、もう私は使わなくてもいいのかなという気がしていたのだった。

 歌の話からお喋りへ向かっていくと、いつの間にかソフトクリームの話になった。ソフトクリームでよく見かけるミックス(バニラ&チョコなど)との付き合い方について意見が交わされた。睦月さんはミックス懐疑派らしい。私はうずまきソフトが好きなので、ミックス許容派である。伝右川さんもミックス許容派だったと記憶している。

 ここで宣伝です。市販のファミリーパックのアイスの中で個人的に一番美味しいものは、ヨーロピアンシュガーコーンです。好きすぎて1回短歌の中に詠み込んだこともありました。宣伝終わり。

 特に誰にも言う必要を感じなかったので誰にも言わなかったが、高校の時に大学見学で東京に来た際に使ったトイレと巡り合った。見た瞬間、このトイレを使ったという確信で頭がいっぱいになった。なぜ思い出せたのだろう。

 公園の一歩外を出て、ミニストップに寄ることになった。私はバニラ味のソフトクリームを食べた。最近ソフトクリームを食べていなかった気がする。新元号セールでソフトクリームが安くなっていて少しお得だった。新元号のテンションにはついていけないけど、こういうセールは少しうれしい。

 再び公園に戻り、歩きながらスペースを見繕い、そこで立ったまま4首目の評を行った。立ったまま歌会をするのは初めてだった。

 

 数分で再び歩きはじめ、池のほとりのスペースで5首目の評を行った。おみやげという単語が5首中2首で出てきた。山階さんの話だと、「カルピスの原液を一気飲みする」という旨の歌が被った歌会もあったらしい。部分的に流行ったのだろうか。

 途中であの世や地獄の話題になり、地獄にもお土産があるのかという話になった。HELLと書かれた地獄Tシャツや地獄に行ってきましたクッキーなどが提案された。地獄の皆さん、こういったお土産はいかがですか。もしかしてもうありますか? 誰か分かる人はご連絡ください。

  

 その後解題し、夕方の公園を歩いた。公園の一部ではフリーマーケットをやっていて、様々な古本が並んでいた。中には俳句雑誌であるホトトギスも売っていて、高浜虚子が「俳句の作り方」的な文章を書いていた。紙質やフォントを見ているだけで時代~という感じがした。

 さらに公園を歩く。通りすがりの母親が、「お母さんも初めから大人だったわけじゃないの」(うろ覚え)と言っていて、山階さんが思わず「エモいなあ」と言っていた。フィクションの世界でしか聞いたことがなかった言葉だったが、現実でも使われるらしい。街で聞いた人々の言葉の断片が面白くなる瞬間に出会うことがその日だけで何回かあり、穂村弘『空想委員会』を思い出した。あれも街中の看板や話し言葉の面白さについて書かれたエッセイで、短歌を始める前に読んで面白いと感じたのだった。私は穂村弘の短歌をあまり読んだことがない(手紙魔まみくらい)が、エッセイはいくつか読んだことがある。

 その後上野公園を出て、二次会に行くことになった。山階さんは別の用事があるらしく、ここで別れることになった。また歌会などでお会いできればいいと思うし、お喋りができればと思う。

 

 アメ横付近を歩いて、空いていた居酒屋に入る。メニューを見て、適当に注文をする。睦月さんが「この店には幻と書かれたものが多すぎて信頼に欠ける」という旨を言っていて、少しメニューを見てみると確かに幻がいくつか見受けられた。メニューが幻、居酒屋も幻、上野も東京も日本も地球も幻、そう、この世界もすべて幻(こういうコボコラがある)。

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 こういうコボコラ。

 途中、なんかの拍子で自分が小説を書いていることを話した。2018年秋の文フリ東京に出した小説(架空のバンドが掛け算九九のそれぞれの段のアルバムを出していて、それをレビューするという内容)について話してみたところ、曖昧な雰囲気になった。7の段は難解で、5の段はポップなんですよと補足をつけてみたところ、曖昧な雰囲気が少しだけ薄れたような気がした。

 居酒屋を出て、4人で上野駅へと向かった。帰りの上野を歩いているときの空気が、ceroの『街の報せ』っぽくてかなりグッときた。

www.youtube.com

 

 その後上野駅で3人と別れた。電車がもう発車する寸前だったので別れてすぐ走った。後ろを振り返る余裕もなかった。その反動で電車内ではほとんど寝ていた。

 

 路上で歌会をしたのは初めてだったが、良い感じでのんびりできるし、散歩中に色々なものを発見できるし、評からお喋りがシームレスに続いていく感じでとてもゆったりとした気分になった。伝右川さんが路上歌会でチルアウトできたといった旨のツイートをしていたが、自分もそう感じた。普段、歌会では緊張しっぱなしなので。

 都合が合えばまた参加してみたい。次はどこでやるのだろうか。東京に1回の人生では使い切れないほどの路上が、まだまだある。

 

【音楽感想文】Nanidato (ナニダト)『Mobile Sailor Gundam』

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 2015年リリース。Nanidato (ナニダト)のおそらく1作目の作品。収録時間的にはEPだと思うが、いかんせん情報が少ないのでEPなのかアルバムなか分からなかった。Bandcampのプロフィールによるとどうやら東京在住の日本のアーティストらしいが、定かではない。

 

  このアルバムをカテゴライズするとFuture Funkになるだろう。他のアルバム紹介でもざっくりとした説明をしているが、ここでも一応ざっくりとした説明をしておく。Future Funkとは、(主に)80年代の歌謡曲をサンプリングし、それを4つ打ちにしてキックを強くして、フィルターをかけた音楽を指す場合が多い。歌謡曲魔改造して踊らせるという感じである。また、日本のアニメがジャケットやサンプリングで引用される場合も多く、このアルバムも例に漏れずアニメのサンプリングが曲で使われているし、ジャケットではセーラームーンガンダムが合体している。

 個人的にFuture Funkは、あまりに激しい展開が続きすぎると耳もたれをするような感覚になってしまうことがあるのだが、このアルバムは激しい音楽でこちらをぐいと引っ張って踊らせようとはしてこない。

 

 前半はアニメのサンプリングが多く使われる曲が出てくる。1曲目の『Doki Doki no Disco 「ドキドキのディスコ」』は、少し声がくぐもったアニメのサンプリングからはじまり、3曲目の『Shining Shining 「シャイニングシャイニング」』ではすべての音を一瞬ミュートにして、アニメの台詞を挟み込んでいる。このキメの部分がカッコいい。

 中盤はFuture Funk特有の四つ打ちが少し後退する。飽きさせない工夫だと思うが、原曲と大きな変化がないためサンプリングの味そのまま、という感じが少ししてしまう部分はある。

 終盤は再び四つ打ちが復活し、早めのBPMでしっかり盛り上げる『SUPER RISER!』でアルバムが締められる。全体を通して聴くと、構成にメリハリがあって聴いていて飽きない。Future Funkってどんなものだろうという方にも、とっつきやすいアルバムなのではと思う。Bandcampからname your price(自分で値段を決める)で購入できるため、金銭的にも負担があまりないので聴いてみてほしい。

 

 

【トラックリスト】

1.Doki Doki no Disco 「ドキドキのディスコ」
2.Tokyo Lights
3.Shining Shining 「シャイニングシャイニング」
4.Behind the Moon「 月の後ろ 」(陽神LORDSUN x ナニダトnanidato)
5.Shōwa 59
6.偽koi
7.雨ame
8.SUPER RISER!

【読書感想文】平田オリザ『演劇入門』

 皆さんは普段演劇などを見に行くことがあるだろうか。ちなみに私は高校生の時に『十二人の怒れる男』という作品を市民ホールで見たことがあるだけで、劇場に行って演劇を見たことは一度もない。

 そんな演劇に対する経験値が皆無に等しい私であるが、今回は演劇に関する本である、平田オリザ『演劇入門』について感想を書いていければと思う。

 

演劇入門 (講談社現代新書)

演劇入門 (講談社現代新書)

 

 

 

 ちなみに、私は平田オリザ氏が制作した演劇を見たことがない。名前だけどこかで聞いたことがあるような、というくらいの知識である。

 数年前、今と同じように演劇について知識がほとんどなかった頃、『演劇入門』と書かれたこの本を見かけて、これを読めば少しくらい演劇について知識を得られるかなと思って購入した。それから数年が経ち、職に就き、職を休み、元号が変わり、元号のおかげで少し安くなったソフトクリームを食べた2019年5月になって、小説を書くときの参考になるのではと思いこの本を読み始めた。

 

 

【以下、本のネタバレがあります】

 

 

 この本では、はじめに「リアルとは何か」という問いかけが行われる。そして、「リアルな台詞とは何か」という問題について、多くのページが割かれている。この「リアル」という問題は小説にも当てはまってくるように思う。会話文が演劇でいうセリフに該当する部分で、この会話文があまりにも芝居がかっていると小説に上手く乗ることができない。

 著者はリアルではない台詞、つまり「説明的な台詞」を回避するためには、以下の方法が効果的だと述べている。

 

・「遠いイメージから入る(p.12)」

・「セミパブリック的な空間(p.48)」を設定する

・「セミパブリック的な時間(p.52)」を設定する

 

  1つ目に関して著者は、美術館を例に挙げている。舞台にいる登場人物が美術館にいることを自然に伝える場合、美術館という「遠いイメージから入る」ことが原則だと述べている。静かな空間であることを登場人物間の会話で伝え、少しずつイメージを近づけて、ようやく絵の話をする。そうすることでいきなり絵=美術館について説明する台詞が始まらないため、不自然にならないという。これは小説でも使えるテクニックかもしれない。会話文で説明要素が多いと、NPCっぽさが出てしまうので、気を付けていきたい。

 2つ目に関しては、「戯曲を書きやすい」場所の話である。あまりにもプライベート的な空間(家のリビング)だと、第三者の介入がほとんどないため台詞で必要な要素(登場人物がどういった人となりをしているのか、立場に置かれているのかなど)を伝えることが難しくなる。逆に完全にパブリック的な空間だと他人は他人として通り過ぎて行ってしまい、そもそも話を交わすことがない。そのため、第三者の介入が行われる、セミパブリック的な空間が「戯曲の書きやすい場所」だと著者は主張する。この本では大学の研究室や温泉宿のロビーが挙げられている。

 3つ目の「セミパブリック的な時間」に関しては、先ほど挙げられたプライベート的な空間でも、背景や状況によっては戯曲に適した空間になるということだった。例として著者は通夜の晩や引っ越しなどを挙げている。要するに第三者の介入が戯曲を書く上で重要になってくるようだ。

 

 なぜ、第三者の介入が戯曲には必要になってくるのか。それは「人は、お互いがすでに知っている事柄については話さない。話をするのは、お互いがお互いの情報を交換するため(p.85)」である。家族内の会話の場合、すでに知っている事柄が多いため、なかなか観客に必要な情報を与えることができない。確かにと納得した。

 小説の場合、地の文である程度カバーはできるが、あまりにも地の文で説明をしすぎると、露骨に思えてしまう気がする。小説を書く際の参考にしていきたい。

 

 本はその後、話し言葉や俳優に関する話へと進んでいく。そこでは「コンテクスト(p.150)」という言葉が何度も登場する。コンテクストとは、「一人ひとりの言語の内容、一人ひとりが使う言語の範囲といったもの」と著者は定義する。

 そして、終盤に著者にとって「優れた演劇」とは何かが提示される。著者は「特に優れた演劇作品においては、表現者と鑑賞者の間で、『内的対話』とでも呼ぶべき特殊な対話行為が行われているのではないだろうか(p.190)」、「さまざまな情報の中から、鑑賞者が主体的、能動的に、個々人にとって有効な情報を選び出し、表現者と一対一の、独立したコンテクストの共有が行われることが望ましい(p.191)」と主張する。そして、「演劇においては、コンテクストの摺り合わせがなされない段階で、表現者の側が鑑賞者に、仮想のコンテクストを押しつけるとき、台詞はリアルな力を失うのだ」と述べている。

 鑑賞者がコンテクストの共有を自ら選んでいくというのは、なかなか実践していくのは難しいかもしれない。しかし、これは演劇だけでなく小説でも当てはまるのではないか。作者のコンテクストを読者が共有できていないため、台詞や展開に乗っていけないという現象は結構起こりうると思う。時々小説を書く私としても、身につまされる話だった。

 

 戯曲に関する話が、この本では多く割かれている。俳優に関する話は後半に、舞台装置に関しては中盤に少しだけ書かれている。『演劇入門』というよりは『戯曲入門』と思っていたほうが読む際にイメージがしやすいように感じた。また、<演劇を見る側>の入門というよりは、<演劇を作る側>に向けた入門である。

 戯曲だけでなく小説で、特に会話文を書く際に参考になりそうな箇所がいくつもあったので、今後小説を書く際に思い出していければと思う。

【友人とのラジオ】ラウンジツイスト第1回の詳細

第1回ラウンジツイスト

www.youtube.com

登場人物

・マサ
アッパーな声。ラジオの首謀者。ストレートな下ネタを投げ込む。
・橙田(とうだ)
ダウナーな声。ツッコミ役その1。浅くやや広い知識を投げ込む。
・はまちゃん
2人の中間の声。ツッコミ役その2。お酒が好き。

第1回の内容詳細

・自己紹介

・彼女ができて浮かれるマサ

・エビが机に詰め込まれたニュースについて

・出前をつまみ食いした人の話

・投票先を間違えて指を切断した人の話

・インド映画とダイエット

・ロッキーと酔拳

など

 

  以前、友人とラジオを行うことになったという記事をアップした。

komugikokomeko.hatenablog.com

 

 その後、プレ録音として第0回ラウンジツイストの詳細について書いた記事をアップした。

komugikokomeko.hatenablog.com

 

 そして4月30日(火)に第1回YouTubeにアップロードした。各自ニュースを持ち寄ってそれについて話していくというスタンスで最初は続けていくことになった。私は九州大学でパソコンに塩水をかけ、机の引き出しにエビを詰め込んだ研究員が逮捕されたというニュースと、インドの総選挙で違う政党に投票した男性が、動揺して自分の指を切断したというニュースについて話した。各ニュースの記事について以下にリンクを貼っておく。

 

news.tv-asahi.co.jp

news.livedoor.com

 

 Twitterで時々、国内外の変わったニュースが流れてくることがあるため、時々チェックするようにしている。ラジオの参加者の1人であるはまちゃんも、インドで出前をつまみ食いして問題になったというニュースを持ってきていた。インドのニュースについて報道するラジオになっている気もするが、今回だけだろう。

 マサに関しては、彼女ができたと終始話していた。第1回で話す内容ではない。第25回くらいまで続いて、プライベートな話が出てきてそのついでに話すのは何となく想像がつくが、第1回からそういった報告をしているラジオはほとんどないような気がする。そういった点では新しいラジオなのかもしれない。

 

 ゴールデンウィークのどうしても暇な時間や、30分くらい作業をしたいけど話し声があったほうが集中しやすいという方など、様々な人に聴いていただけるとありがたい。おそらく次回もそのうちアップロードされるだろう。

 

 ぜんぜんわからない 俺たちは雰囲気でラジオをやっている

【友人とのラジオ】ラウンジツイスト第0回の詳細

 大体1か月くらい前の話をしていこうと思う。

 

 以前、ブログにて友人からラジオをやってみたいとの連絡があった。詳細に関しては以下の記事にまとめてあるので、そちらも併せてお読みいただけると話が分かりやすくなると思う。

 

komugikokomeko.hatenablog.com

 

 ラジオの名前は『ラウンジツイスト』となった。友人といくつか名前を考えて、気に入った2つの案を合体させて少し言葉を削ったものだ。

 3月下旬に本当にラジオが作れるかどうかの実証実験として、第0回という名目で収録を行った。カラオケ店で収録したため、ところどころ他の部屋の熱唱が入ってくる。カラオケ店って声を出すだけなのにお金を取られるんですよ。怖くないですか? 本来は各々の家でdiscordなどを使って録音したほうがいいのかもしれないが、その点に関してはあまり詳細を詰めることができていないため、検討する必要がある。

 その後編集作業を行い、4月6日(土)にYouTubeへラジオをアップロードした。podcastなどにも登録できるといいのだが、調べる時間があまりないため、しばらくはYouTubeのみのアップロードになりそうだ。

 メンバーに関しては私(橙田。『とうだ』と読みます)と、ラジオを立ち上げたマサという小学校からの友人、それにはまちゃんという小~中学生の時に通っていた塾のクラスメイトの3人で決定した。全員とも話の守備範囲が結構異なることが第0回を収録しているところで判明した。どういう影響がこれからでてくるかはまだ分からない。

 

第0回ラウンジツイスト

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第0回の内容抜粋

・平成関連のグッズについて

・自己紹介

長渕剛の振り下ろした筆が取れる動画について

・具なし冷やし中華について

・料理人の投げた蓋が転がり続ける動画について

・パンダの行動について

 

 ちなみに長渕剛の振り下ろした筆が取れる動画を載せておきます。大体1分8秒あたりから筆が取れます。

www.youtube.com

 

 個人的に面白かったニュース、動画などを持ち寄って話していくのがメインになってくると思う。ラジオの収録を何回もしていくうちに、方向性は変わるかもしれない。第1巻で柔道をしているのにいつの間にかプロ野球チームで活躍する主人公もいるくらいだから、いくらでも方向性は変わるだろう。

 

第1回について

 本日4月29日(月)に、第1回の録音を終えた。新元号に代わる前にアップロードできるように編集作業を進めていくことになる。30分ほど人の声を聴きたい人、ラウンジやファミレスにいる感じで作業を進めたい人にとってはうってつけのラジオだと思うので是非聴いていたただければと幸いである。ちなみに今回の録音場所も、前回のようにカラオケ店なので、様々な声が入っていることはご容赦願えればと思う。

LemKuuja『jude.』

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 2017年リリース。ヨルダン在住のアーティスト、LemKuujaのアルバム。Discogsで確認したところ、どうやら3枚中2枚目のアルバムらしい。

 business casualというインターネットのレーベルからこのアルバムはリリースされている。このレーベルは基本的にFuture Funkと呼ばれる音楽ジャンルのアルバムを多数リリースしている。インターネットを漂う音楽、vaporwaveの派生ジャンルであるため、試しにBandcamp(音楽販売・ストリーミングサイト)でvaporwaveとタグが付いているアルバムの詳細をいくつか見てほしい。何度もbusiness casualという名前を目にすることになるだろう。

 Future Funkについてざっくり説明しておくと、(主に)80年代の歌謡曲をサンプリングし、それを4つ打ちにしてキックを強くして、フィルターをかけた音楽である。調べればいくらでもジャンルの解説や代表曲が書かれた記事が出てくると思うので、気になった方は調べてみてほしい。

 

 前述したとおり、このアルバムもbusiness casualからリリースされている。そのため、Future Funkなのでは?(ちなみにBandcampにあるアルバムのページには『future funk』というタグが付いている)と思ってしまうが、聴いてみるとそうともいえない。ノイズの入り方やビートが、むしろLo-Fi Hiphopに近いように思える。

 Lo-Fi Hiphopに関しては、この記事に詳しく書かれているので、気になった方は見てほしい。

www.beipana.com

 

 24時間Lo-Fi Hiphopを流しているラジオもあるため、そちらを聴いてみて、ああこんな感じかとうなずくのもいいかもしれない。

www.youtube.com

 

 話をアルバムに戻していきたい。2曲目の『jude.01』に関してはカットアップの仕方がFuture Funkらしさが少しあるのだが、ビートはどちらかというとHiphop寄りに感じる。しかし、Future Funkらしさを感じるのはその曲だけで、4曲目に『jude.03』関しては、音の質感やざらついたノイズが入っていて、Lo-Fi Hiphopに舵がきられている。なお、曲の順番とタイトルの数字が一致していないように思えるが、それは1曲目が『june.00』で、そこから数字が1つずつ増えていくためである。

 このアルバムの好きなところは、ぼんやりとした熱を感じるところだ。例えば6曲目の『jude.05』はピアノループがメインの曲なのだが、フィルターのかかり具合や、途中でブラス(?)が入るところなど、随所に盛り上がる箇所がある。しかし、Future Funkのようにこちらの腕を引っ張っていくような盛り上げ方ではなく、どこかぼんやりとしている。『jude.』というタイトルに合った熱量だと思う。

 8曲目の『jude.07』ではアニメ内の会話がサンプリングされている。海外の人はどこからこういうサンプリングを拾ってくるのだろう。途中でビートが消えてほぼそのままアニメの音声が流れているのは少し笑ってしまう。また、アルバム自体もサンプリングされたアニメの音声が流れて終了する。

 ぼんやりとした熱量を持ったLo-Fi Hiphopであるこのアルバム、10曲で24分とさっくり聴くことができるため、夜のちょっとした時間に流すのに適していると思う。

 

 その後、このアーティストの他のアルバムも試しに聴いてみたのだが、どちらもバリバリのFuture Funkだった。もちろんbusiness casualからリリースされている。 

 

【トラックリスト】

1.jude.00
2.jude.01
3.jude.02
4.jude.03 (ft. ayashi[!].)
5.jude.04 
6.jude.05
7.jude.06
8.jude.07
9.jude.08
10.jude.09 (ft. sarah)

 

 

 

【好きな短歌⑧】だいなしの雨の花見のだいなしな景色のいまも愛なのかなあ/阿波野巧也

だいなしの雨の花見のだいなしな景色のいまも愛なのかなあ

阿波野巧也『たくさんのココアと加加速度』(『羽根と根』4号)

 

 私事ではあるが、今年はお花見に行った。前日の夜に雨が降ってしまい、中止になるのではないかと思ったが、当日は天気が回復し、地面の具合が少し良くなかったくらいで楽しく過ごすことができた。雨が降っていた前日と、お花見の集合場所に向かう最中に思い出したのが、この歌だった。

 

 ほとんどの人にとって雨の花見は楽しさが半減されてしまうだろう。花を見るよりも、レジャーシートを広げて、みんなで食べ物や飲み物を持ち寄ってワイワイと過ごすほうに重きが置かれるからだ。雨が降ればその計画は<だいなし>になってしまう。強行しても晴れているときほど楽しめないだろう。この歌には桜という単語は出てこないが、花見と言えば桜を見ることを指す場合が多いため、この歌の<花見>は、桜を見ることだと解釈したい。

 また、晴れているときに見る桜は、青空によって桜の色が一層映える。また、晴れているときのほうがくっきりと桜が見えるため、より美しいと感じるだろう。雨が降ってしまうと、青空と桜のコントラストを見ることはできない。また、雨に濡れている桜も散ってしまうし、散って地面に落ちた花びらも人々の土がついた靴で踏まれて汚くなってしまう。

 この歌では助詞を変えることによって、歌にアクセントをつけているように思える。<の>が続く中で一度<な>が入ることによって、1つの助詞がくどくなるのを避けている。また、助詞が変わることによって<だいなし>具合が変わって見えるような効果もあると思う。口に出してみると、<な>で少しだけ口調が強まる。目で読む/声に出すの両方で、初句と三句の<だいなし>という言葉がそれぞれ微妙な違いを生み出している。

 主体はいくつもの<だいなし>な状況が内包されている<いま>を見つめている。そして<愛なのかなあ>と心の中で呟いている。実際に声に出しているのかもしれないが、個人的には心の中の呟きと解釈した。

 断定しないことで、歌に余韻が生じている。雨を降らせる曇り空のどんよりとしてすっきりしない感じと、結句の断定しない<愛なのかなあ>は、かなりマッチしていると思える。もし主体が<愛>だと断定していたら、この歌の良さは『だいなし』になってしまうのかもしれない。この歌の中では、雨はまだまだ止みそうにない気がするし、その分余韻も読者の中に残り続ける。

 おそらく、来年も桜の季節に雨が降ったら、この歌を思い出すことだろう。

 

 

 この歌が載っている『羽根と根』4号に関しては、現在通販を行っていないらしい。また、5月に行われる文学フリマ東京にも『羽根と根』の名前は無いので、なかなか上記の歌が入った連作をすぐに読むのは難しいかもしれない(自分も『ねむらない樹』vol.1の特集『新世代がいま届けたい現代短歌100』でこの歌を知った)。もしかしたら、今後文学フリマ等で販売されるかもしれない。『羽根と根』のTwitterがあるため、今後文学フリマでの出店や通販などがあった場合アナウンスされると思うので、気長に待ってみましょう。