コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

夏祭りと夏祭り

7月

 車の中ではラジオが流れている。パーソナリティーが何か話をしているみたいだが、耳に入るときにはもう音の帯びている意味は曖昧になっていた。車内での会話にリソースが割かれ、ラジオに対して脳が省電力モードになっていたのかもしれない。

 軽快に車を走らせている友人の希望で、バイキングのチェーン店で食事をした帰りだった。子どもの頃に何度か行ったことがあり、十数年ぶりに行って美味しさがどう変化しているのか確かめたかったらしい。私も子どもの頃に行ったことがあったが、美味しいと思った記憶はなかった。

 実際に料理に手をつけてみると、食べるのが鈍るほど美味しくないわけではない。しかし、同じ値段を払うならもっと美味しいものが巷には溢れているとも思った。それでも餅を使った料理は美味しく、後半はそればかり食べていた。

 30年ほど生きてきて、私はもちもちしたものが好みだということが分かってきた。大学生の後半は購買で団子ばかり食べていたし、タピオカの入った飲み物も近場にお店があれば頻繁に通うはずだ。逆にシャキシャキしたものや歯ごたえのあるものは苦手になりやすい。生野菜が苦手なのも食感が関わっている。

 バイキングを終えた私たちはぐったりとしていた。普段の食事よりも何かを選ぶことに労力が割かれるため、疲れやすいのかもしれない。助手席から後部座席にいる友人2人を見ると、1人は眠っているように見えた。

 ラジオからは曲が流れ始めた。知っている歌詞だったがやや聴き慣れないアレンジ。JITTERIN'JINNの『夏祭り』だった。普段受動的に夏祭りを聴くときは、十中八九Whiteberryが歌っているバージョンだ。改めて聴いてみると、JITTERIN'JINN版はドラムが比較的前に出ている気がする。Whiteberry版はギターが前に出ていたように記憶している。

 家に帰ってから両方のバージョンを聴き比べてみる。JITTERIN'JINN版の間奏で流れるギターソロにグッとくるものがあった。ラジオ版でも流れていたと思うが気に留めなかった。聴き方が異なると印象もやはり異なる。Whiteberry版はギターではなくキーボードや装飾音が結構前に出ていた。記憶はあてにならない。JITTERIN'JINN版は祭りの風景や雰囲気が想起され、Whiteberry版は祭りによって生み出される関係性や感情が思い起こされるように思えた。

 祭りの風景を思い浮かべるとき、まず初めに地元の祭りが出てくる。現在地元の祭りは10年前と比べて屋台は3分の1以下になっているらしい。

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com