コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

マンション VS ゴルフ場

4月9日(土)

 引っ越しが1週間後に迫っているがあまり荷造りを進められていなかったため、友人に手伝ってもらい、本やCDを段ボール箱に詰め込む。大きめの段ボール4、5箱分くらいあった。引っ越すたびに本とCDのために用意しなければならない段ボールが増えている。

 本の持ち主が荷造りをしようとすると、つい本を開いてしまう。そういった問題点を友人に荷造りをしてもらうことで解消しようと考えた。引っ越しのRTAをするときには活用すべきテクニックだと思う。しかし、これは他者の使用が許されているレギュレーションでしか使えないテクニックなので注意が必要だ。

 あらゆるものがRTAになる可能性を秘めている。あなたも1つ考えてみてください。

 

 考えることができましたか?

 

 友人と並行して、自分は服の整理をしていた。2年近く着なかったものは捨てることにする。しかし例外がいくつか発生し、思ったより捨てることができなかった。 

 ある程度片付いてきたので、本とCDを売る手続きを済ませ、チャーシュー麺が食べられるくらいの金額を受け取る。

 その後は別の友人たちとも合流し、焼肉を食べた。

 

4月10日(日)

 1本のクラブでゴルフを行う、パークゴルフを体験した。

 パターゴルフと似たようなものだろうと思っていたが、100ヤードあるようなホールもあり、想像以上に広く感じる。グリーンまでが長いコースに関してはある程度しっかり振りぬかないといけないのだが、力任せでもクラブが安定した軌道を描けるほど体幹がしっかりしていないので、そういった時に限ってボテボテになってしまう。

 また、基本的に日影が無いため、暑い日だと9ホール歩くだけでも意外に体力を消耗する。ホール内にマンションを建てたりすると日影ができそうだが、ゴルフ場としての環境が破壊されるため実施されることはなさそうだ。ゴルフ場も割と環境を破壊する側として描かれることが多いので一度マンションとゴルフ場で戦わせてみたい気持ちがある。

 その後は温泉に入った。個人的に温泉は浸かるという目的もあるが、コーヒー牛乳を美味しく飲むための最善策だとも考えている。

 温泉によってほどよくテンションを上げたまま、コーヒー牛乳を購入する。針で穴を差して開けるタイプのふただった。このタイプのふたは勢い余って服にかかってしまうようなアクシデントを含め何回か経験をしていたため、落ち着いて対処することができた。

 一度家に帰り、別の友人と夕食を食べに行った。沖縄料理をメインにしていたが、沖縄らしい料理は食べなかった気がする。

あらゆる椅子から椅子へ

4月5日(火)

 神保町歌会に参加。

 票は入らなかったが、いくつか評をいただけたので良かった。歌会に出したい歌が無くなってしまったのと、今現在作ってみたい短歌の方向性はぼんやりと見えてきたのでしばらくは短歌を作る期に入ることになる。また短歌を何十首か作ったらどこかの歌会に参加することにする。

 

4月6日(水)

 ワ3(ワクチン3回目)を接種しに行った。電車で行きやすい場所にあった接種会場がクローズしたため、バスを乗り継いで行く会場を予約する。

 会場に着き、時間までしばらく椅子で待つ。子供預けておくスペースめいた場所が目の前にあり、アナログのゲームがいくつも棚に置いてある。ツイスターを久しぶりに見た。


 ツイスターに似た画像をアップしておく。

 時間になり、椅子から別の椅子に移る。ワクチン接種の流れに関する映像を何集荷した後、1階の椅子から2階の椅子へと移る。大きめの会場でワクチン接種をすると様々な椅子に座ることができるので、そういう気分の方にはおすすめしたい。

 問診とワクチンに関する説明を受ける。副反応については個人差があるとのことだった。流れに乗ってそのままワクチンを接種し、別の場所で15分ほど待つ。会場では何事もなく終わり、お昼を食べに行きとは別のバスに乗ると、中は大学生でぎっしり詰まっていた。

 昼を食べた後は勉強をしていると、腕が違和感をどんどん吸い込んでいる気持ちになる。薬局でポカリスエットやアイスクリームを買い、おそらく来るであろう副作用に備える。その日は腕が痛いほかには副反応はなかった。

 

4月7日(木)

 体が火照っているのを感じ、明け方に起きてしまう。熱を測ったら38度弱だった。ワ2対策で以前買っておいた熱さまシートと氷枕を装備してもう一度眠る。しかし短時間で起きてしまい、また熱を測ってみると38.6度まで上がっていた。その後も寝ようとするがすぐに目が覚めてしまう。

 なんとか朝食の時間になったので、パンとアイスクリームを食べ、追いかけるようにロキソニンを飲む。食欲があるのだけが救いだ。倦怠感があるため、もう一度眠る。

 

 

 昼過ぎに起きると、熱は下がっていた。

 

 ロキソニンはわたしを裏切らない。わたしもロキソニンを決して裏切らない。

 ロキソニンはわたしを裏切らない 。わたしもロキソニンを (決して) 裏切ってはならない。

 

 熱のせいで隅に追いやられていたが、わきの下が痛い。どうやら副反応らしい。

 夕方になるとまた熱が上がったため、2回目のロキソニンを投入。倦怠感でずぶ濡れになりながら眠った。

インドのジャイアン

4月1日(金)

 仕事を退職すると様々な手続きが発生し、昔プレイしたスーパーマリオサンシャインのマンタ戦を思い起こさせる。

w.atwiki.jp

 

 退職にかかわる様々な手続きには時間制限がついているため、タスクが風景と化す前に片づけることにした。

 やらなければいけないことを放置していると、脳内でだんだん馴染んできて風景と化してしまう。そうなると風景からタスクを切り抜く作業をしなければならないため、かなりの気力を振り絞らないとこなすことができなくなる。切り抜くのに骨が折れそうなタスクがいくつか存在するため、そろそろ掃除をしに行かなければならない。

 市役所へ向かい、健康保険に関する手続きを行う。その後図書館で勉強をしてから帰宅。

 

4月2日(土)

 天国歌会に参加。

 具無しあんまんみたいな短歌を提出できて良かった。

 音楽を聴きながら短歌を作ることが多く、最近はAndy Stottのアルバムを聴いていることが多い。Andy Stottは曲ももちろんのこと、ジャケットも格好良いので是非見てほしい。曲は重厚さとメランコリックさを兼ね備えたテクノというイメージを個人的には持っている。

 

 

 そろそろ個人のネットプリント第2弾をやりたいなと思いつつ、ここ最近はあまり短歌を作っていない。

 

4月3日(日)

 美味しいそばを食べた。そばの香りという概念がはっきり見えた気がする。

  Twitterで食べ物の写真をアップするときは大抵1-2週間経過していることが多い。自衛とかではなく、単純に気が向いたときしかツイートをしないからだ。

 年々Twitterのツイート数は減っている。人に話すほどではないアイデアや考えを投げておくにはTwitterは便利なのだが、そういう使われ方はあまり想定されていないらしい。Twitterを始めた当初からコミュニケーションツールとしての使い方をあまり想定していなかったのは、友人たちがやっているから始めたのではなく、単純に精神状態がよろしくなかった十数年前に、頭の中に思い浮かんだことをインターネットに投げつける行為をある種のセラピーとしてTwitterを通してやり始めてみたためだろう。

 前は「インドのジャイアン、チャイアン」と思いながら働いていて、今は「インドのジャイアン、チャイアン」と思いながら無職をやっている。(今は)意味のないワードの保存先としてTwitterを使っている。

提出前夜

1月30日(日)

 短歌研究新人賞用の連作を作り終えた。毎回締め切り1日前~当日に作り終えている気がする。

 

 n首の連作(n = 自然数)を作るとき、大体1.5n~2n短歌を用意するようにしている。実際に並べてみた時に連作にハマらない歌が一定数出てくるからだ。また、同じ題材(例えば犬)の歌は何らかの効果が見込めない時には何首も同じ連作には入れないようにしているため、用意した歌で同じ題材のものがいくつかあったときは絞る必要が出てくる。時々短歌が足りなくなったり、流れとして特定の題材の短歌が要請されることもあり、そういったときは慌てて作る。

 今回は50首ほど用意し、その中から30首並べてみる。1首目から読んでいき、しっくりこないところがあったら並べ替えてもう一度1首目から読み直す。この作業を何度も繰り返し、最適解だと思うところで止める。最後に本当に30首あるか、意図しない表記ゆれは無いか、誤字脱字が無いかなどをチェックして完成だ。

 

 今回は22時過ぎに作業が終わり、コンビニで印刷をしにいった。夜遅くに出歩いているのは久しぶりだ。新潟に住んでいた頃は日付の変わる直前あたりにラーメンを食べに行ったり、適当に歩き回ったりしたこともあった。今はお店が閉まっているし、散歩をする時間を転職への勉強時間に替えなければならない。

 既にパジャマ姿だったため、パジャマの上からズボンを履き、コートを着てなんとかごまかす。外は誰も歩いていなかった。コンビニでコピーを済ませ、コーヒーゼリーをついでに買う。最近はコーヒーゼリーにはまっている。

 基本的に1回ハマると同じものばっかり食べている時期が発生し、2022年の初めはそれがコーヒーゼリーとピーナッツチョコレートだった。

 スピッツのギターが毎年髪型を変えていて、髪型によってどの年かが分かるという話を耳にしたことがある。コーヒーゼリーやピーナッツチョコレートを見たら2022年だと思う日がくるのかもしれない。

 

 印刷をし終わったらほとんど見ずに封筒へと入れる。見てしまうと直したくなるかもしれないからだ。

 

 今回の連作に載っている短歌は、betcover!!の『時間』というアルバムを聴きながら作っていることが多かった。

 

 

 この日記を書いているのは3月初旬で、今はAndy Stottのアルバムを聴きながら短歌を作っている。

 

暮田真名『補遺』を読んだ/James Blake『Friends That Break Your Heart』を聴いた

1月19日(水)

 暮田真名『補遺』を読み終える。句集を読むのはこれが初めてだった。

 最初は、1つの川柳をどれくらいの時間をかけて読むとしっくりくるのか感覚がつかめていなかったが、読み進めるうちに少しずつつかめたように思う。

 

銀色の曜日感覚かっこいい

 

家族旅行に肩まで浸かる

 

(暮田真名『補遺』より引用)

 

 特に好きだった句を挙げてみた。1首目、まだ自分の中に存在しなかった曜日の色合いを、ある程度納得しつつ追加されたような気分になる。そういった気分になるのは、「かっこいい」という素朴な感想がもたらす効果かもしれない。句集の1首目でもあり、これから始まっていく世界の入口のような役割もあると感じた。

 2首目、「家族旅行」と「肩まで浸かる」の食べ合わせの良さは、どちらも温泉やお風呂を想起させるからだろう。家族旅行を満喫しているようなイメージもありつつ、浸かりすぎたあとに起こりうる不穏な可能性を個人的には感じ取った。七七になっていて、これも川柳の範疇なのだろうかと少し立ち止まった。

 かなり予想もしない角度から語が斡旋されているのは、作者の作風なのか、それとも川柳というカテゴリーの特徴なのかは今後他の方の川柳も読んで判断していきたい。

 

2月2日(水)

James Blake『Friends That Break Your Heart』を聴いた。2021年にリリースされたアルバムだ。

youtu.be

 James Blakeの曲には物悲しさが絶えずつきまとっているが、物悲しさの表し方が変わってきているように思う。『Overgrown』までは、一言でいえば寒色の空間という印象が強い。音数の少なさだったり隙間の多さがそういった印象を強める効果をもっていた。前々作の『The Colour In Anything』と前作の『Assume Form』では音が生み出す空間から寒色が薄まってきているように思えた。他のアーティストが楽曲に参加するようになった影響もあるのかもしれない。

 今作では、暖色がしっかりと使われ始めたように感じた。8曲目の"Show Me”や9曲目の”Say What You Will”などの優しげなメロディが良い例だろう。そういった曲があることで、物悲しさが前面に出る曲のインパクトが増したように思う。

 個人的には2曲目の”Life Is Not The Same”が好きだった。女性ボーカルが入ってきたときに、一気に糸が張り詰める感じがする。

久しぶりに大喜利に挑戦した

 数年前、ネット大喜利をほんの少しだけやっていた時期があった。きっかけとしては、ちゃんと大喜利ができるようになったほうが良いのではないかという、英語や中学校の数学を大人になってから学びなおすみたいなイメージで始めたように記憶している。

 さまざまな大喜利サイトがあった中で一番参加回数が多かったのは『大喜利PHP』だった。3分以内に回答→3分以内に投票→結果というサイクルを繰り返していくのだが、1サイクルが10分弱で終わるため気軽に参加することができた。また、ランキングなどもあったため、目指すべき目標が分かりやすいところも負けず嫌いである私としてはいいポイントだった。

 他には「ネタボケライフ」にも数回参加したことがある。このサイトは回答を投稿するのに数日の猶予があり、じっくり回答を考えることができるシステムだ。これも10回ほど参加して、トップ10に1回だけ入った記憶がある。それ以外にも1対1で戦うサイトもあったように記憶しているが、名前が思い出せない。

 個人的には大喜利は不得意だと思っている。お題との距離感をなかなか掴めないことが原因だ。近づきすぎず離れすぎず、適度な距離感を持った回答が理想だと思うし、そういった回答が大喜利をやっていた時は上位に来ていた気がする。ピントを上手く合わせるための調整が雑なのだろうなと思う。時々作っている短歌にも題詠(テーマに沿って短歌を作る)というジャンルがあり、こちらも不得意なので、こういったカテゴリーのものが苦手な傾向があるような気がする。

 やがて月日が経ち、身の回りのことで忙しくなってきたのとともに、大喜利にチャレンジすることもなくなっていき、相互フォローの方がやっている大喜利ツイキャスにごくまれに参加するくらいになった。『大喜利PHP』は閉鎖され、その後にできた似たようなシステムのサイトも閉鎖になり、また別の似たサイトがオープンしていた。あなたの住んでいる街にもそういう土地があると思う。

 

 久しぶりに参加者が多くいる大喜利にチャレンジしようと思ったきっかけは、木曜屋さんという方が主催している『木曜屋杯』のnoteを見たことだった。

twitter.com

note.com

 上の記事が確か一番最初に見た『木曜屋杯』に関する記事だったはずだ。画像お題(パチンコの画像)でのwataoさんという方の回答が軽く衝撃を受けるほど面白く、こういった回答が集まる大会はどういうものなのかを調べることにした。すると3分で回答するという「大喜利PHP」と同じ時間制限だったこと、頻繁に開催されていることが分かり、参加してみようかなという気持ちになった。

note.com

 今の仕事が土日休みではないため、土日の夜など決まった曜日・時間帯に開催されるようなイベントは、仕事が頭をよぎってしまうため参加が難しい。その点木曜屋杯は開催曜日が決まっていないため、タイミングが合う可能性が一定存在した。

 その後、休みと開催のタイミングが合ったため参加を決意した。41回目の大会だっただった。

note.com

 久しぶりに時間制限付きで大喜利をすると、まあ思いつかない。うんうん唸っているうちにカップラーメンが出来上がる時間だ。2問ほど回答ができなかった。それでも1問だけ10位以内に入ることができて嬉しかった。順位としては真ん中よりやや下あたりで、2問回答できなかった割には何とかなったほうだとは思わず、普通に悔しかった。

 その後もタイミングが合った時に何回か挑戦した。順位は真ん中~真ん中やや下あたりを推移している。点数が安定して取れないため、なかなか順位は上がってこない。

 似たような発想の回答がある場合は、早く送信された回答のほうが投票時に目につくタイミングも早い。そのため、制限時間ギリギリで回答すると票が入らない可能性も高くなる。あまり被らない角度から回答を出すか、なるべく早く回答するかのどちらかは上位になるためには必要になってくるように感じた。

 

 勝ち残り形式の『大喜利木曜屋グランプリ』も挑戦した。

note.com

 2回戦で2位だったため、「これはいけるのでは……」と思ったが3回戦で普通に負けた。本当に安定しない。

 

 何回か挑戦してみて、画像お題のほうが順位が高い(点数が多くもらえる)傾向にあることがなんとなく分かってきた。文章お題に関するピントの合わせ方がまだまだ上手くいっていないのだと思う。ほとんどのお題にピントが合っていないということでもある。また、3分以内で回答するということへの慣れや、発想の飛ばし方が弱さなど、改善できる点は多くありそうだ。

 こういった順位付けが行われるような大会・イベントになると、負けず嫌いが顔を出してしまうため、のめりこんでいく傾向がある。今のところはもっと上の順位を目指そうという気持ちがあるため、タイミングさえ合えば挑戦し続けていきたい。

スキーに関するジンクス

1月15日(土)

 友人とスキーに行く予定だったが、状況を考慮してキャンセルした。

 たとえ風邪であろうとかかりたくはないし、風邪よりも感染力が強くいまいち全貌がはっきりしないものなら尚更かかりたくはない。混雑が予想される場所にはあまり行かないようにしているが、外出しないと気持ちが滅入ってくる。幸いではないが今の仕事が平日休みのため、カフェに行ってもあまり混んでいないという状況だけが作業や勉強の生命線になっている。

 数か月はマスクが手放せない状況で年末にマスクを3箱ほど買い、毎日1枚ずつ消費している。箱がすべてなくなる頃には春になっていて、私の状況も変化しているはずだ。

 スキーは数年前に1回だけ行ったことがあった。何回も転ぶしスピードが出て怖いしでかなり頭に血がのぼりつつ、なんとか初級者コースなら滑れるようになり、その次の週に職場で涙が止まらなくなり2か月ほど休職した。スキーに行った段階ではもうメンタルは壊れていて、感情のコントロールが効かなかったのもそのせいだと思う。

 友人間では「スキーに行くと休職する」というジンクスが冗談めいて話題に出ていて、そういう冗談として消費していくのはしんどい出来事への対処法として一定の効果があると思う。マイナスの歴史は記憶が追い付けないほど忘却するか、積極的に開示して消費しつくしてしまうしかない。

 スキーに対しては今のところマイナスの感情しかないため、ちゃんとメンタルが安定しているときに行ってせめてプラマイゼロまで戻しておきたかったが、また次の機会になった。

 

1月16日(日)

北村紗衣『批評の教室 ――チョウのように読み、ハチのように書く』を読み終えた。

 批評とまではいかなくても、書籍・アルバム・短歌などの感想文を書くときのヒントにならないかと思いながら読んだ。

 この本は「精読する」「分析する」「書く」の3ステップに関する詳細と、批評に対するディスカッションで構成されている。精読に関してはフレーズはよく聞くが、実際にどういった方法を取っていくと「精読」になるのかが具体的に示されていて参考になった。

 批評に関してはかなり時間と根気がいる作業なんだなという感想を少なからず抱いたのと、今は批評文を書きたい対象が無いため批評文を書くのはまだ先になりそうだ。感想文を書く際には手法を少しずつ取り入れていきたい。

 また、参考文献や批評に関する書籍などが文末で紹介されているのは個人的にうれしい。本を読むことで次に読む本の選択肢が広がると、本屋に行くのが楽しくなる。