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コムギココメコ

忘れてもいいことを書くので不備忘録

バクレツパンチインマイヘッド

小説

 ある朝、高橋美嘉が不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドのなかにいる私の頭の中でばくれつパンチという言葉が焼き付いていることが分かった。おわり。
 おわりおわり。だってそれだけだし。巨大な虫に変わっていたり神輿を担いでいたりするならまだまだ不条理という言葉で言い表わすことができるけど、自分の頭の中にばくれつパンチという言葉が浮かび上がって消えないだけじゃ不条理なんて決して言えない。不条理とかシュールとかカオスとかよく分からない状況なんて何1つ起こってないしそもそも不条理とかシュールとかカオスとかってどんな状況が説明がつかない。

 私だけじゃない。たぶんみんな説明がつかないし、よく分からないことに対して不条理とかシュールとかカオスとか名づけておけばなんかすっきりしていいよねって思ってるだけなんだろう。朝はそんな名前とは全く縁のないほうがよっぽど良い。

 そんな不不条理な私の朝は適当に流れていく。流れに乗るために朝食を取り、習慣としてかけられているテレビをぼんやりと見る。テレビでは世界的な出来事で、株価が不安定になり自殺者が増えているらしい。自殺の名所と知られる駅が自殺志願者によって長い行列を作っていて皆がスマートフォンや本や音楽プレイヤーやおしゃべりで適当に時間を潰している。アナウンサーが自殺者の1人にインタビューを行っている場面に切り替わる。

「どこからやってきたんですか?」

「愛知からですね」

「どうしてここで死のうと思ったんですか?」

「やっぱ死ぬなら自殺の名所がいいじゃないですか」

 私も自殺の名所って言われてる駅に行ったことがあるけれど特に他の駅でもいいんじゃないかと思った。あまり他の駅と変わったところは無いように思えた。それでも自殺志願者はひたすら行列を作るんだから何かあの駅には死にたい人を惹きつける力があるのかもしれない。

 ニュースを見ながら、昨日買っておいたロールパンを食べていても、頭の中にはばくれつパンチの7文字があった。ばくれつパンチばくれつパンチばくれつパンチ......。何の単語だったっけ? どっかで見たことはあるんだけど思い出せない。

 ベットにほうり投げてあったスマートフォンを掴んで「ばくれつパンチ」と検索してみる。あーポケモンの技だったんだ。なになに、かくとうタイプの技で威力は100、命中率は50%しかないけれど当たれば必ず混乱する。なるほどなるほど。

 多分小学校の頃にポケモンをやっていて、その時にばくれつパンチを使ってくるポケモンがいてそれが私の記憶の奥の方にしまわれて今になってもう立てつけもわるくなった引き出しから何らかの理由で出てきたんだろう。

 ロールパンを食べ終え1コマにある講義に合わせて仕度をする。今日はそこそこ時間があったはずなのに、玄関のカギをかけて家を出るころには講義開始まであと5分を切っていた。家から1コマの講義が始まる教室までは自転車と歩きで大体3分弱。まあ間に合うはずだ。そんな目論見もなかなかうまくいかない。自転車の鍵を探すのに手間取り1分ほどタイムロス。自転車をギュンギュンと飛ばして学部棟の2階まで走っていく。1コマ開始の時間は1分ほど過ぎていたが、まだ教授が来ていなかったから実質セーフ。5分遅れで教授が教室に入ってくる。遅いんだったらもう少しのろのろ来ても大丈夫だったじゃん。

 講義をぼんやりと聞きながら私は再びばくれつパンチについて考える。ばくれつパンチってどんなパンチなんだろう。爆裂っていうくらいなんだからとにかくすごいパンチであるはずだ。というかあってほしい。そこらへんで見れそうなパンチだったら爆裂失格だ。一生爆裂の名を語らないでほしい。

 トントントン。静粛に静粛に。判決を言い渡す。被告人を爆裂禁止の刑に処す。ざわざわざわトントントン静粛に静粛に。弁護団が「爆裂禁止」と達筆で書かれた紙をもって走っていく。でも爆裂なんて言葉を使わなくても生きることはできる気がする。私が20年間生きて来て爆裂という言葉を使った覚えはない。多分これからもほとんど使うことは無いだろう。

 ばくれつパンチを考えるついでにホワイトボードに書かれた文字をノートに写していたら1コマ目の講義が終わっていた。同じ教室で2コマ目の講義を受ける。教授が前の席から次々と学生を指名していき質問を投げかける。私の席は真ん中よりやや後ろだからまだこないだろう。

 爆裂感のあるパンチとはいったいどういうものだろう。属性で考えてみよう。水はあんまり爆裂感が無い。氷も同じ。やっぱり炎属性が一番爆裂と合っている気がする。本来のばくれつパンチかくとうタイプだから炎属性ではないけれど、私が思うばくれつパンチは炎が出ている。

 炎が出ているとしても炎を出しながらパンチではない気がする。それじゃファイアパンチとかになりそうだ。爆発的なパンチがばくれつパンチなんだから、殴った瞬間に爆発的に炎が出るパンチが理想的だ。うん。爆発的に炎が出るパンチでいこう。

 じゃあ色はどうしようか。炎だって色がある。赤オレンジ青だって炎の色だ。ばくれつパンチに似合う色はどんな色だろうか。青は違うな。私の中だと色はもっと黄色っぽい。でもそれじゃ炎とは少し違ってくるような。ちょっと変えてみよう。殴った瞬間に火花が爆発的に出るパンチがばくれつパンチかも。何かいい感じ。マイばくれつパンチが見えてきた見えてきた。マイばくれつパンチなんて言葉はないけど、100人いたら100人が違うばくれつパンチ、あ、もう私指名されるじゃん。全然話聞いてなかった。やばいやばいどうしよう。慌てて隣にいるなっつんに教えてもらう。教えてもらってもよく分からない。教授から指名された。笑顔でごまかす。教授は教室中に聞こえる大きなため息をついたがまあ気にしない。指名をやりすごせればそれでいい。やり過ごせてない気もするけど。

 2コマが終わりなっつんと昼食を食べる。ミニサイズのから揚げ丼を食べる。から揚げ丼は安定感が半端ない。いつ食べてもから揚げは美味しい。から揚げに旬があるとしたら食べる瞬間が全部旬なのだろう。

 そういえば他の人はばくれつパンチについて知っているのだろうか。ばくれつパンチの知名度なんて考えたこと無かったけど、一度考えつくと気になって仕方ない。まずは目の前のなっつんに聞いてみる。

「なっつんさ、ばくれつパンチって知ってる?」

「ん?」

 タイミングが悪かった。なっつんは口に食べ物を含んでいた。少し待ってもう1回聞いてみる。

ばくれつパンチって知ってる?」

「知らない。何それ?」

ポケモンの技」

「へー。初めて知った」

 ばくれつパンチはあまり話が広がらないという気付きを得た。あと2、3人に聞いてみようかと思ったけどやめることにした。

 お昼ご飯を食べて3コマの講義を受ける。お昼ご飯後の講義は眠くなる。何か眠気覚ましになる暇つぶしをしないと。そうだ。ばくれつパンチを絵にしてみよう。ルーズリーフを1枚取り出しシャープペンシルで頭の中にあるばくれつパンチを描いてみる。

 拳だけ大きくなった棒人間が勢いよくパンチを繰り出している。拳からは勢いよく火花が出ているが黒なので他の人が見れば全然火花に見えない。拳だけに集中したせいで顔は点と線だけの間抜けな顔になってしまった。雑な顔に妙にリアルな拳と空間が歪むような量の火花。こういうのをシュールって言うのかもしれないな。

 まだ時間もあるし擬音も考えてみよう。

 バキ! なんか違う気がする。 

 ボカ! なんか子供の喧嘩みたい。 

 ドン! いいかもしれないけどオリジナリティが無い。

 なんかいい擬音はないだろうか。うーん..................バカッ......ドゴッ............ズガッバシッ.......................................ボスッ........................................................................グォア......グォアグォアグォア......グォア!

 グォアがいちばんしっくりくる。グォアにしよう。
 拳の右上に鋭くグォアと書く。思ったよりしっくりこない。もう少し考えてから書くべきだったな。無難なほうが強さが際立つような気がする。無難なものが生き残るのはやっぱり違和感がないからなんだな。
 3コマの講義が終わり、なっつんと別れる。家で適当に時間を潰してアルバイトに向かう。その間もばくれつパンチは頭の中でグルグル回っていて消えない。ばくれつパンチばくれつパンチばくれつパンチばくれつパンチ......
 スーパーに着きエプロンを着ている時もレジを始めた時もカゴからカゴに商品を詰めている時もばくれつパンチは鳴りやまない。ばくれつパンチは鳴りやまないって曲ありそうだな。っていうかそんな感じのタイトルの曲あったような気がする。

 暇になった時間を使ってばくれつパンチのイメージトレーニングをしてみる。正拳突きみたいな感じかな。でも正拳突きってどんな感じでやるのか分からないな。力を込めて思い切り前に向って拳を突き出す感じかな。エイ! エイ! セイヤ! セイヤ! 頭の中で何回も理想的なばくれつパンチを繰り出す。

 途中で客が何人か来た。1人1人の顔と体格を見て私のばくれつパンチで相手を倒せそうか倒せなさそうか判断する。小柄なおばちゃんは倒せそうだけどガッツがありそうだから何回か当てないと厳しいな。長身ガリガリの大学生は1発KO。何かしらのスポーツをやってそうなガッチリした男の人は多分無理。色々考えているうちにアルバイトは終わる。

 適当にスーパーで惣菜を買って家に戻って冷凍してあるご飯をチンして食べる。昨日買った漫画を読んだ後シャワーを浴びてスマートフォンを見ながら寝る準備に入る。明日も1コマからだから早く起きないといけない。

 布団に入って1日何があったかを考える。今日はばくれつパンチのことばっかり考えてたな。本当はもっと遊びの日程とかテストとか恋愛とか将来とか人生とか考えなきゃいけないんだろうけどばくれつパンチインパクトにはなかなか勝てない。まあ人生なんてまだまだ長いんだから1日くらいばくれつパンチのことを考えていても大丈夫だろう。

 よく1日1日を大切にとかいう人がいるけどまだ理解できてない。いつ死ぬかは分からないからそれまで充実した日々を過ごしたほうが良いのはまあ分かるけど充実って人それぞれだから適当にダラダラ過ごした時間も充実してると思う。1日くらい浪費したってかまわない。私は私だし他人は他人だ。それでも強要するようなら私はばくれつパンチをお見舞いする。実際には殴らないし殴ったところでへにゃへにゃパンチになるのは分かってるけど心のばくれつパンチだったら私だってたぶんできる。

 ばくれつパンチについて考えた今日、もう昨日か、まあ何でもいいや今日は多分悪くない日だったと思う。こういう日が幸せな日なのかもしれないけど幸せが小さすぎてお腹はあまり満たされていない。大きい幸せってどんな幸せを言うんだろう。お金がいっぱい手に入る......彼氏ができる......誰かと遊んで............美味しいものを........................

 

 ある朝、高橋美嘉が普通に目を覚ましたところ、ベッドのなかにいる私の頭の中でハイウェイラジオここからという言葉が焼き付いていることが分かった。おわり。

 おわりおわり。だってそれだけだし。