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コムギココメコ

忘れてもいいことを書くので不備忘録

処刑講義

小説

 人は集団で行動したがるものである。集団で行動すると、大抵の場合交流が始まる。交流が始まると同時に、お互いが喋ることも多くなる。そして、お喋りがひどくなると騒音と区別がつかなくなってしまう。
 P教授は3時限目の授業時、不満のピークに達していた。原因は目の前にあった。学生だ。
 A大学B学部で行われている「○○概論」は、単位が取りやすい講義として、学生たちから人気を得ていた。年度によっては、履修しようとする学生が多すぎて、抽選になるくらいである。その「○○概論」を受け持っている教授こそが、P教授だった。
 学生からの人気は高かったが、あくまで単位が取りやすいというところだけであり、学生たちはこの講義に興味をもっていないようだった。そのため、P教授が話していても、教室のあちこちから話し声が聞こえる始末であった。大声を出して怒鳴ろうかともP教授は考えたが、どうしてこんな学生たちのために怒らなければならないのかと馬鹿らしくなってしまい、苛立ちを表明することもなかった。

 今は出席を取っているが、いっそ出席を取らないほうが熱心な学生だけが講義に残るようになり、講義の質も、自身の精神衛生的にも良いのではないかと真剣に検討することもあった。だが、毎回出席している学生が熱心な学生とは限らない。惰性で来ていることもあり得るだろうし、高い評定を得る事だけをアイデンティティとしている学生もいるはずだ。そう思うと、自分の講義を純粋な興味で受けている学生は一人もいないのではないかと、P教授は考えるたびに、深くため息をつくのだった。
 今年の学生は例年以上にうるさかった。教室を待ち合わせ場所にして、学生たちはひたすら中身のないお喋りを始める。P教授は喧噪な駅前のモニュメントのような気分だった。そして5月中旬の昼下がり、P教授は不満のピークに達するのだった。怒気を帯びゆく声、机を乱暴に叩く指、雑になるホワイトボードの字。しかし、学生たちはP教授の苛立ちを認知せず、ひたすらお喋りに夢中になっていた。講義が終わるとP教授は乱暴にドアを閉め、さっさと教室を後にした。
「全く、最近の学生は学問を学びに大学に来ているのか、お喋りの場として大学に来ているか分からんね」
 居酒屋で、P教授はホッケを乱暴にいじりながら言った。
「しょうがないですよ。私の所だっていつも講義中のお喋りは止まりませんからね」
 Q教授はジョッキをゆらゆらと動かしながら答えた。
「1回怒鳴りつけてやろうと思うんですがね。怒鳴りつけるにもエネルギーがいるでしょう。なんでどうしようもない学生のために、エネルギーを使ってやらなきゃいけないんだと考えてしまってね」
「私はもう諦めていますよ。この子たちには何を言っても無駄なんだって。変に怒鳴りつけて評判が悪くなるくらいなら、定年まで何も言わずに過ごしたほうがいいのかなと思ったりしますよ」
「でもねえ。それじゃあ学生がつけあがるだけでしょう。1回焼きを入れてやらないと。私たちの事を近所のおじさんと同じくらいにしか考えていない輩ですよ。そのままにしておいたら私たちはともかくとして、社会に出た時に多大な迷惑がそこかしこで生まれることになる」
「実はね、良い方法を、考えついたんですよ」
 P教授とQ教授はR教授を見た。R教授は砂肝を串から外して遊んでいた。
「良い方法とは一体」
 P教授はホッケをいじる手を止めて言った。
「まあ私の講義に一度来てごらんなさい。水曜日の2時限目なら、君たちは講義を、受け持っていないでしょう」
「まあそうですが」
「きっと楽しいと思いますよ。ウヒヒヒヒヒ……」
 砂肝を串で弄び続けるR教授を見て、P教授は不気味さを感じずにはいられなかった。
 水曜日の2時限目、P教授とQ教授はとある教室にいた。R教授の発言の真意を確かめるためである。
 2限目の始まりとともにR教授はやってきた。学生は静かになる気配を見せない。R教授は注意をすることなく、淡々と抗議を進めて行った。何も起こらないじゃないかと、P教授はうんざりして席を立とうとしたが、R教授が目で制した。仕方なく、P教授は一度上げた腰を再び下ろした。
 講義が始まって1時間ほど経った。教室内は始まりの時よりは静かになったものの、一部の学生は未だに喋りつづけている。時折笑い声まで聞える始末だった。
 その時R教授がポケットから何かを取り出した。スマートフォンかと思ったが、違うようだった。R教授は機械を作動させ、側面についているボタンを押した。
 ゴーン!!
 痛っ!! とお喋りに夢中だった学生が叫ぶ。ゴインゴインゴインと音がまだ鳴っている。後ろを振り向くと、学生の頭上からたらいが落ちたのだった。教室はたらいの音以外、音を出すものはいなかった。
 R教授は痛がる学生を無視して、講義を再開した。学生同士のひそひそとした話し声はあったが、たらいが落ちる前とはまったく性質の異なった話し声だった。学生たちは動揺していた。
 P教授はあっけにとられていたが、戸惑う学生たちを見て、笑みを浮かべずにはいられなかった。やっと、おれたちも武器を持つことが出来る。対等に戦うことが出来る。単位を落としてやればすむかもしれないが、そんな衝撃じゃすぐに薄れてしまう。不条理な痛みこそ、後々まで引きずる衝撃に成り得るのだ。
 隣にいたQ教授をP教授は見た。開いた口が小刻みに震え、なかなか閉まらないようだった。
 講義終了後、動揺静まらぬ学生たちを横目に、2人の教授はR教授のもとへ向かった。
「一体あなたは何をしたんですか?」
 P教授は興奮冷めやらぬ様子で離した。
「イヒヒ……。ちょっと教室に細工をしましてね。場所を指定してやると、そこ目がけてたらいが落ちてくるようにしたんですよ」
「よく淡々と講義ができるもんだ。私だったら笑ってしまって、とてもとてもあんな冷静には」
「笑ってしまったら、こちらが仕掛けたことだって分かってしまうでしょう。淡々と行うことに意義があるんですよ」
「この技術があれば、学生たちを黙らせることが出来るぞ。 私にもその技術、教えてもらえませんか」
「構いませんよ。Q教授もいかがです? きっと良い気分になれますよ」
「そ、そうですね。じゃあ私も教えてもらっても構いませんか?」
「では、全ての講義が終わったら私の部屋に来てください。面白いものが見れますよ。イヒヒヒヒヒ……」
 その日の夜、3人の教授はR教授の部屋に集まった。
「一体どういう技術を使ったんですか?」
 P教授は昼間の興奮をそのままにして切り出した。
「実はですね、マジラルという機械を使って、シュルッテン理論を使って教室を124等分するんです。それでたらいを124個用意して、それぞれのたらいとスイッチを結び付けて、うるさい学生にドン、ですよ」
「シュルッテン理論をそういう風に応用するんですか。いやいや、恐れ入りました。早速ですが、私にも教えてもらえませんかね」
「勿論。Q教授はどうしますか」
「私は遠慮しておきます……」
「おや、どうしてですかな。すごい技術ではありませんか。R教授に教えてもらいましょうよ」
「いや……。どうも私の性格に合わないというか。確かに学生には講義中静かにしてもらった方がこちらとしてもやりやすいです。しかし、暴力で抑えようというのはちょっと」
「そんな消極的でどうするんですか。今や学生は私たちのことを何とも思っていないんですよ。威厳を取り戻さなければ、学術の場はただのお喋りの場になってしまう」
 P教授の声はだんだん熱気を帯びてきた。
「まあまあP教授落ち着いて。各々やり方というのがあるんでしょう。しかしQ教授にはここから出てもらわないと困りますね。あまり大事になっても良くないですからね……ウヘヘヘヘ」
 Q教授学生沈黙システム(R教授が名付けた)について公言しないことを誓約書に書き、R教授の部屋を後にした。
 その日、P教授はR教授からシュルッテン理論を使った学生沈黙システムを教えてもらい、マジラルを1つ借りた。
 その後、P教授は講義で使う教室にたらいを仕掛けた。
 講義中、P教授は笑いをこらえるのに非常に苦労した。3回目のたらいが落ちた時には、通夜のような静けさの中、ただただたらいの回る音が響いていた。
 P教授とR教授の講義では、ほとんど喋る人がいなくなった。しかしその状況は長くは続かなかった。学生たちが対策に講じるようになったのだ。帽子やフードを被って痛みを軽減したり、落ちて来た瞬間に頭を動かして直撃を避けたりする者もいたし、たらいの痛みに慣れてしまった者も多数いた。P教授とR教授はたらいより強力なシステムを作らなければならないと考えていた。
 その後2人が考えたシステムをいくつか紹介しておく。

 

・水(学生たちが傘を用意するようになり、効果がなくなってしまった)
・作り物の蛇(男子学生にはほとんど効果がなかった)
・排泄物(2人が用意するのをためらったため、実施されることはなかった)

 

 2人は頭を悩ませていた。結局学生たちは喋ることをやめない。むしろ前よりも酷くなっているようだった。学生たちは教授への反抗心から、絶えず大声で話し続けるようになった。もう少し他の場面で頑張りを見せればいいと思うのだが。
 P教授とR教授は毎日頭を突き合わせ、学生たちを懲らしめるシステムの構想を練った。そして、R教授の講義時に新たなシステムが実施されることになった。
 R教授が2時限目開始とともに現れた時、学生たちは一斉に騒ぎ始めた。見方によってはR教授を学生たちが歓声で迎えているようにも見えた。R教授が講義を始めると、学生は大声で話し始めた。その瞬間、教室の前方から一斉に矢が放たれた。
 グワッ!
 グフッ!
 ブハッ!
 ガハッ!
 その他様々な声をあげながら、学生たちは矢に刺さって倒れていく。強制的な沈黙が場を支配していった。運よく矢に刺さらなかった学生は散り散りに逃げて行った。
 これでもう騒ぐ学生はいないはず。P教授とQ教授はそう考えていた。しかし、次のP教授の講義時には鉄板で防御してくる学生で溢れかえっていた。P教授は結局システムのスイッチを押すことが出来なかった。
 その後の教授と学生の攻防を以下に記しておく。

 

・マシンガン(1回目は効果覿面だったが、防弾チョッキを装備する学生が現れたため、2回目はなかった)
・ショットガン(威力は高かったが、多くの学生にダメージを与えるのが難しかったため、2回目はなかった)
・硫酸(致命的なダメージを与えられず、防護服を着てくる学生が現れたため、2回目はなかった)

 

 2人は再び頭を悩ませた。
 B学部の学生は度重なる攻撃によりシステム実施前の3割程度になっていた。しかし生き残った学生たちは、レジスタンスのようにP、Q教授に敵対心を燃やし、絶対に屈しないぞという思いで講義に出ていた。学生たちは度重なる攻撃に耐え、ついにP教授、Q教授がそれぞれ受け持っている、15回ある講義の14回目に辿り着いた。14回目の講義のはじめ、学生たちは教室で円陣を組み、お互いを鼓舞し合った。再び言う。もう少し他の場面で頑張りを見せればいいと思うのだが。
 教授2人も14回目の講義に向けて、最大級のシステムを開発しようと毎晩考えていた。15回目は試験になってしまい、学生たちは騒ぐことがなくなる。とどめを刺すのなら14回目しかない。教授は何日も眠ることなく、考え続けた。そして、2人はついに究極の学生沈黙システムを考え出したのだった。実行はP教授の講義時に決定した。
 不快な熱気漂う夏の午後、3時限目開始の時刻と共にP教授は教室に入った。学生たちは金切り声を上げて叫び出した。R教授はスイッチを押した。
 同時刻、某国では3発のミサイルが発射された。日本の××県A大学△△キャンパスB学部棟を目標地点として。