コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

呪うな

電話が鳴っている。

 

俺は電話の音を無視した。なぜなら、今はそれどころではないからだ。あとひと手間で呪いの人形が完成するのに、電話ごときに邪魔されてはたまらない。

 電話から生まれるオタマジャクシは頭の上で跳ねている。思わず俺は自分の血を布にしみこませるのを辞めた。オタマジャクシは足が生え、俺の頭に乗っかろうとしている。しかたなく電話を取ろうとすると、電話は鳴るのをやめた。なんと間が悪い電話なんだ。俺はイライラしながら所定の位置に戻った。オタマジャクシは地面で死んでいた。このままにしておくのも気持ちが悪いので、ティッシュペーパーに包んで捨てた。俺は自分の血を布にしみこませる作業に戻った。

 数分後、布が良い赤みを帯びた。もう十分だなと思い、最後の作業に取り掛かる。憎む相手の写真を人形に貼り付け、釘で刺すのだ。釘を探さなければ。引き出しを開ける。しかし、引き出しの中は霧が立ち込め、何も見えなかった。しまった。天気予報をしっかり見ておけばよかった。手を突っ込んでみる。引き出しの中に生えた木々が折れる音が聞こえる。しばらく手探りで引き出しを探したが、釘を見つけることはできなかった。

しょうがない。俺は写真を貼る作業を先に行うことにした。写真をポケットから出す。中学校の入学式。俺がこちらを笑いながら見ている。畜生。どうしてそんなにも笑えるのか。こいつはこの後起こる悲惨な台本を読んでいないから笑っているのだ。この笑顔のおかげで俺の人格は歪んでしまった。もっと立場をわきまえておけば、もっと静かに暮らしておけばよかったのに。過去の俺が憎い。どうしようもなく憎い。

 だから、俺は過去の自分を呪う事にした。過去の俺に笑顔でいてほしくないために、自分を呪うのだ。写真を血で染まった人形に貼り付けていると、写真の俺はこう尋ねた。

「馬鹿な事をするなよ。未来のお前が悪いんだぞ」

「この時のお前が変な事を言わなければ、今の俺はもっと良くなっていたんだよ。お前を呪えば、今の俺は死んで、新しい俺がここに現れるはずなんだ」

 写真の俺は、今の俺を心底軽蔑した目で見ている。今の俺の目にそっくりだった。

「写真の俺はな、撮られたときの俺でしかないんだぞ。死んで未来が変わるはずなんてあるものか。お前は、今まで生きてきた日全部のお前を呪い殺さない限り、変わるはずがないんだよ」

「黙れ黙れ黙れ。過去の俺が年上の俺に指図するな。いいか、お前が悪いんだ。入学式の自己紹介で変な事を言わなければ、無難な事を言っておけば、全部救われたんだよ」

「無理だよ。その日は隠せても、いつかはボロが出る」

「やめろ」

「今を変えようという努力をしたのか?」

「やめろ」

「今を変えようとも思わないで、過去を呪うなんて呆れてものも言えない……」

「やめろ!」

 俺は血を出すために使ったナイフを写真に突き付けた。写真の俺は血を流して倒れた。

 写真の俺を殺したのだから、今の俺も何か変わっているかもしれない。しばらく黙っていた。しかし、何も変わる気配はなかった。

 

 写真の俺に言われたことを吹き消すように、俺は写真を探しに押し入れへと向かった。