コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

みたらし団子だけが不変だから

 最近忘れ物をする頻度が多くなってきているように感じる。ここ2日の間に、財布と書類を忘れた。

 最近体重が増加しつつあり、十の位で四捨五入すると100kgになってしまうことに気が付いた。さすがにまずいと思い、寒空の下歩いてスーパーマーケットまで向かった。入口にたどり着き、何の気なしにポケットをまさぐってみると財布が無いことに気付く。基本的にスーパーというものはお金を持っていない人に対して厳しい見方をする傾向があるため、家に戻ることを余儀なくされる。お金がなければ権利を得ることもできないのだ。

 2回も同じ場所を歩きたくなかったので、自転車のカギを自宅から持ち出す。自転車置き場に向かおうとすると、家に向かった本当の理由をないがしろにしていることに気が付く。私は自転車のカギを持ち出すために家に帰ったのではなく、財布を取りに家に帰ったのだ。歩きで来たのに自転車のカギのために戻るのは意味が分からない。スーパーに人間扱いしてもらうために、もう一度財布を取りに家まで戻ることになった。

 スーパーは自転車で3、4分の距離にあったため大きな損失にならなかったが、書類に関しては自転車で15分の距離のところに行かなくてはならなかった。印鑑の不備があり再び戻されることが確定したとき、頭の中で所要時間を思い浮かべる。片道15分だから往復で30分、それを2セット行うことになるから1時間。24時間という限られた時間の24分の1を想定していない自転車の往復で失うことになる。1セット目で心が折れ、みたらし団子をゆっくり食べてから向かうことになった。みたらし団子の美味しさだけがこの世で唯一不変なのだ。

 最近は皆さんがウォーキングや筋トレ、その他もろもろの行為を日課にしているように、私はみたらし団子を食べることが日課になっている。近くに売っているみたらし団子は長男次男三男が3つセットになっていて103円だ。非常にコストパフォーマンスに優れている。毎日食べても全然飽きない。睡眠も毎日しているのに全然飽きる気配がないから、みたらし団子は睡眠と同じであることが分かる。UCCのカフェラテも毎日買っているので睡眠である。関係がない話ではあるが、最近体重が2kg増えた。おそらく寝ている間に石を吸い込んでしまったためだろう。このことから、私がプププランドに住んでいるピンクのまるまるしたやつであることが皆さんは推測できると思う。

 こうして星のカービィは今日もみたらし団子とUCCのコーヒーを食べ飲みしながら、2016年の終わりに向かって少しずつ進んでいくのである。

好きなアルバム紹介その7『ISAM』

 音楽を漁っていると、時々とてつもない衝撃を受け、ヘビーローテーションしたくなるアルバムを掘り当てることがある。衝撃の原因は、自分が聴いたことのある音楽のデータベースに該当しないもので、なおかつ好みにぴったり合うアルバムがいきなり追加されたためである。つくづく音楽は果てしないものだと感じる。飽きっぽい私としては、様々なアーティストのアルバムを掘り続け、データベースにない音楽を日々探すことになる。

 今回は、最近聴いたアルバムの中で1番衝撃を受けたものを紹介する。そのアルバムがAmon Tobin(アモン・トビン)の『ISAM』である。「ISAM」は「アイサム」と呼ぶらしい。

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 まず、アーティストについてざっくり紹介しておこう。Amon Tobinはブラジル出身のアーティストで、Ninja Tuneという、クラブミュージックを中心としたレーベルに所属している。Ninja(忍者)と書いてあるので、日本のレーベル、もしくは日本のアーティストが多く所属していると思いそうになるが、イギリスのレーベルだし、所属する日本のアーティストは少ない。

 アーティストの特徴が語れるほど、多くのアルバムを聴いているわけではないので、少しだけ触れることにする。このアーティストの最近の傾向として、フィールドレコーディング(野外録音)を用いたアルバムをリリースしているらしい。このアルバムもフィールドレコーディングが用いられている。

 次にアルバムのジャケットに大写しになっている昆虫について説明する。このジャケットはTessa Farmer(テッサ・ファーマー)という人物が手がけている。死んだ昆虫たちが空を飛ぶようなジャケットからは、奇妙な躍動感が感じられる。躍動感というと生命が輝いているようなイメージだが、このジャケットからは生の躍動感は感じられない。死の躍動感と言えばいいのだろうか。

 死んだものも芸術作品になるのは興味深い。世界には確か死体写真の展覧会や死んだ猫がラジコンになった作品などが存在すると耳にしている。そのうち死んだ人間がドローンに改造されて、大空を飛ぶ未来もありうるかもしれない。鳥でなくても飛ぶことはできるのだ。

 アルバムについて解説する。先ほどNinja Tuneというレーベルは、クラブミュージックを中心としていると述べた。しかし、このアルバムでは踊ることは難しいだろう。リズムはバラバラ、更に言うと消し飛んでいる場面も存在する。どちらかと言えば、脳を揺さぶるタイプのアルバムだ。

 まず、音楽の振り幅が大きい。脳を音で蹂躙するようなM-02やM-03、不安定な可愛さを持ち合わせたM-06やM-09、どちらも兼ね備えたM-10など、様々なタイプの曲が収録されている。バラバラな曲の共通点と言えるものは、音の密度の濃さだろう。音が脳内に張り巡らされていくような錯覚を覚える。ちなみに、フィールドレコーディングをしているから、野外の音がそのまま聞こえるだろうと思うかもしれないが、加工されているため一聴しただけでは分かりにくい。

 また、音が立体的に聴こえるのも特徴の1つかもしれない。様々な音が密度濃く使われていて、左から右から聴こえてくるためだろう。立体的な音楽を生かして、ライブではプロジェクトマッピングが使われている。1回見てみるといいだろう。圧倒されること請け合いである。

 音に打ちのめされる経験をしてみたいという方には、このアルバムがオススメだ。再生した途端に、様々な形をした音の集団が脳を支配せよとばかりに乗り込んでくるだろう。

 

【トラックリスト】

M-01 Journeyman
M-02 Piece Of Paper
M-03 Goto 10
M-04 Surge
M-05 Lost & Found
M-06 Wooden Toy
M-07 Mass & Spring
M-08 Calculate
M-09 Kitty Cat
M-10 Bedtime Stories
M-11 Night Swim
M-12 Dropped From The Sky
M-13 Morning Ms Candis (Bonus Track)

 

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ipod買って飲んだこんな味だったっけな

 久しぶりにバッティングセンターとボウリングに行ったら風邪を引いてしまった。因果関係は不明である。ちなみに私は普通のフォームでボウリングをするとスコアがボロボロになってしまうため、カーリングのようなフォームで投げている。上手くいくと150近くまで点数が出る。

 カーリングの才能があるのかもしれないが、職業適性テストではカーリング選手と出たことはなく、毎回芸術家になる。おそらく普通の職業では適合できるものがなく、社会に向いていませんと書くのもかわいそうなので芸術家になるのだろう。職業適性テストは大学生後半で行うことが多いため、芸術家適性があると分かったとしても、じゃあ大学を辞めて芸術家になろう、それか芸大に入ろうという、人生の危険牌をバンバンと捨てていくような生き方ができる人はほとんどいないだろう。ごくまれに上がれる人も存在するが、大体はロンされて人生がふっとんでしまう。

 今回の風邪はせきが出るタイプのもので、しかもなかなか治らない効果もちだ。去年の春ごろにも同じタイプの風邪を引いたが、半月近くせきが続いた。私の家計簿よりも続いている。

 治ったと思っても、夜になると咳が出てしまう。夜になるとなぜ咳が出やすくなるのかは分からない。寒くなると鍋が食べたくなるのと同じメカニズムだろうか。

 一時期鍋ラーメンが妙に推されていた時期があったような気がするが、最近はめったに聞かなくなった。しかし、スーパーに行くとちびまる子ちゃんの家族がパッケージに載っている鍋ラーメンを見かけることがある。ちびまる子ちゃんはいろいろなところに登場しすぎている気がする。ケーズデンキにもいたぞ。

 ケーズデンキipodを買った。電車内もしくは駅構内でなくし、慌てて落とし物問い合わせセンターに連絡したが、届いていないようだった。日本は終わりだ。約17000円の出費だ。この間麻雀で馬鹿勝ちしたときの収支が3半荘合計で+158だから、ipodと合計すると、-16842ポイントである。あと何百年麻雀で1位を取り続ければ収支がプラスになるのだろうか。

 風邪は今日も治りきらない。夜になるとゴホゴホと咳が出て、ひどいときは止まらなくなる。

 眠りの浅いまま朝を迎える。

 

暗がりを走る 君が見てるから

でもいない君も僕も

 

最終バス乗り過ごしてもう君に会えない

あんなに近づいたのに遠くなってゆく

だけどこんなに胸が痛むのは

何の花に例えられましょう

ジンジャーエール買って飲んだ

こんな味だったっけな

ジンジャーエール買って飲んだ

こんな味だったっけな

安心な僕らは旅に出ようぜ

思い切り泣いたり笑ったりしようぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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箱ⁿ(Remix)

 ある日、玄関のチャイムが鳴った。誰かが家を訪ねてくると連絡は来ていなかった。郵便か宅配便だろうと思い、男がドアを開けると、そこには誰もいなかった。いたずらかと思い、苛立ちはじめる。ドアを閉めようとすると、地面に箱が置いてあるのに気が付いた。箱はいわゆる段ボール箱で、A4用紙がピッタリ入るような大きさだ。

 誰が置いた箱かも分からないので、そのまま放っておこうとも考えたが、一度目についてしまうと気になって仕方がない。男は箱を持ち上げて家の中に運び始めた。

 男は段ボール箱をリビングの床に置いた。差出人も箱の中身も書いていない。一体誰が置いたのだろうか。知り合いであれば名乗り出ていいはずだ。名乗りもせずに帰ってしまったのだ、何か後ろめたいものでもあったのだろうか。

 例えば、誰かがペットを飼っていたが、家庭の事情で手放さなければならなくなった。どこかの路上に放置するのは野ざらしに等しい行為だ。心が痛む。それならば、誰かの家の前においておけば、その家の人物にも責任が発生する。いわば共犯関係のようなものだ。

 なんてことだ。実に身勝手な輩である。男は怒りをどこかにぶつけようとした。しかし、これはあくまでも男の想像であり、まだ箱は開けていないのだから、真実かどうかも怪しい。男はとりあえず、怒りを一時的に引き出しにしまっておくことにした。また別の機会に開けることだろう。

 他の線も考えてみよう。ネットサーフィンをしているときに、ある人物が通りすがりの人物に何かが入った手提げ袋を貰ったという話を見た。その人物は不審に思い、近くのコンビニに袋を捨てたのだが、後にその袋の中身をヤクザが必死に探していたことを知る。つまり、危ない代物だったのだ。

 ついに俺の身にも読み物のような災難が降ってきたのか。とにかくすぐ逃げられる準備をしなければならない。

 男は押し入れからボストンバッグを取り出したが、まだヤクザが探している代物だと決まったわけではないし、それらしき人物も家には来ていない。とりあえず、箱の中身を特定させて、違法な代物であることが分かってから夜逃げすることにしよう。

 何か手がかりが掴めないものかと、とりあえず箱を振ってみる。何も音はしない。箱の中身がかなり詰まっているのだろうか。しかし、重さはあまり感じられない。手がかりが掴めるどころか、さらに謎は深まってしまった。

 結局、箱を開けてみないと正体はつかめなかった。

 男は意を決して、箱を開けてみることにした。箱を開けた瞬間爆発、箱を開けた瞬間に生き物が襲い掛かってくる、なんてこともありえなくはないので、とりあえず近くにあった文庫本で顔を守ることにした。直接顔面に攻撃を受けるよりはいくらかマシだろう。

 男は箱に手をかけた。手は小刻みに震えていた。震えをごまかすように一気に開く。中身が露わになった。箱の中には、ミニチュアの男の部屋と箱を開けた男、そして同じ形をした小さい箱があった。小さい箱には更に小さい男の部屋と箱を開けた男、そして同じ形をしたとても小さな箱があった。

 男は安堵と困惑が混ぜこぜになったため息をついた。しばらく男は動かなかったが、やがて箱に対する好奇心が湧くのを感じた。触ったらどうなるのだろう。男は箱の中にいる小さな男をつまみあげてみた。

 それと同時に、部屋の中に大きな手が現れた。手は男の腰のあたりをつまんで持ち上げた。男は驚きのあまり、体を強張らせた。どうすればこの手から逃げられるのか。男は体に力をこめ、もがいた。掴んでいる小さな男を忘れて。

 男は持てる限りの力を体にこめた。手にも力が入る。

 ブチッという音とともに、小さな男の体がちぎれた。同時に、男は潰されたカエルのような声を出して動かなくなった。大きな手も力が抜け、2つになった男は床にたたきつけられた。

箱ⁿ

 ある日、玄関のチャイムが鳴った。男がドアを開けると、誰もいない代わりに箱が置いてあった。箱はいわゆる段ボール箱で、A4用紙がピッタリ入るような大きさであった。

 男は段ボール箱をリビングの床に置いた。差出人も箱の中身も書いていない。一体誰が置いたのだろうか。知り合いであれば名乗り出ていいはずだ。名乗りもせずに帰ってしまったのだ、何か後ろめたいものでもあったのだろうか。

 匿名性には悪意がこめられている。自らの名前ではできない行為を匿名性という人形に託し、願いを成就させるのだ。自らの身代わりと言っていいのかもしれない。匿名性の人形はそこかしこを暴れまわる。住民は人形の行いに批判をするが、仮に批判されたとしても、身代わりが行ったことであり、自らがやったことではない。

 箱に入ったものも、名前がどこかに明記していなければ、匿名性を帯びているに等しい。冷たい目で睨んでいる獣が、箱を開けた途端首元を喰いちぎることもある。この箱の中身については何も書かれていない。もはや首元に牙を突き付けられているのと同じだ。獣の生暖かい息が首元を這うように顔へと上がってくる。

 獣の息を振り散らすように箱を振ってみる。何も音はしない。振るたびに無音が部屋中に鳴り響く。冬にしては薄い服を着た心を、冷たい風の吹きすさぶ街が歩いている。街は確かに存在するのだが、輪郭だけで、情報を認識できない。どんな店、どんな家なのか、屋根の色は何色なのか、車の形、宣伝色で塗りこめられた看板、歩いても歩いても情報は目に飛び込んでこない。何もかもが輪郭だけになっていた。

 音はしないが、確かな重量は腕にひしひしと感じられたので、中身が空というわけではなさそうだった。音もしないほど中身が詰まっているのだろうか。それとも箱そのものが重要なのかもしれない。

 我々は箱を見ると中身が入っているはずで、その中身こそが重要な物であると錯覚してしまう。箱そのものが重要な物であるにもかかわらずだ。灯台の根元と何ら変わらない。箱はカモフラージュの役目を強いられているのだ。

 箱には何かを隠す力が備わっているが、何かを守る力も備わっている。箱がシェルターのようなはたらきをしてくれるのだ。自らが攻撃を受けるより、箱越しに攻撃を受けたほうが痛みはずっと少ない。地球も一種の箱といえる。宇宙からの攻撃をを地球という箱である程度遮断しているのだ。

 結局、箱を開けてみないと正体はつかめなかった。生きている毒ガスか死んでいる毒ガスか、男は賭けをするしかなかったのだ。賭ける対象は箱だとしても、開けた場合と開けなかった場合に起こりうる、良い結末に関する配当金は分からない。濃霧の中で競馬を見るような気持ちにさせられた。

 男は意を決して箱を開けてみることにした。顔を近くにあったビニール袋で隠し、飾りだけの防御の姿勢をとった。何も備えずに戦場を走るより、銃撃を受ければ何の役にも立たない防寒具を着ているほうが、たとえ蜂の巣になったとしても、心もちは穏やかになるのだ。

 箱に手をかけた。手は小刻みに震えていた。そして一気に開けた。箱の中には男の部屋とその中で箱を開けた男、そして同じ形をした小さい箱があった。箱の中身は3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679821480865132823066470938446095505822317253594081284811174502......

読書感想文その10

 読書感想文を最近書いていないことに気付く。読書もあまりペースが上がっていないことに気付く。この世は目標の作成と断念の繰り返しである。ちゃんと再起動しなければならない。定期的に書いていきたい。世の中にならないためにも。

 今回は最近読んだ2冊を紹介する。前に読んだものはまた後で。また後が実際に来るかどうかは未来の私に聞かないと分からない。

 

『ニッポンの刑務所』外山ひとみ

 人は法を犯すと、刑務所に入る場合がある。刑務所の中での暮らしは普通に生きているとなかなか分からない。いつ起きていつ寝ているのか、どんなものを食べているのか、自由に過ごせる時間はあるのかなどといった疑問点が浮かび上がってくる。そういう人々の好奇心を満たすために、刑務所の中での暮らしについて、様々な人がルポ、エッセイという形で残している。刑務所の中を舞台にしたドラマも存在する。

 この本は、そうした刑務所の中の暮らしを題材にしたルポである。

 男子刑務所、女子刑務所、少年刑務所、少年院、官民協働の刑務所など、様々な刑務所に著者は取材を行い、暮らしぶりや問題点などが載っている。こうして並べてみると、様々な刑務所が存在するのだなと思う。クイズ番組で「日本にある刑務所を5つあげなさい」と司会に言われても正解するのは難しそうだ。そのままタイムアップになり、司会に「走って!」と促され、隣で解答権を得るためにルームランナーをひたすら走らされるパートナーはかわいそうである。

 暮らしぶりを見ていると、社会が変わっていくのと同じように、刑務所の中も変化していることが分かる。特に、刑務所内での貧富の差というものは興味深かった。そういえば、そこそこお金を持っている状態で逮捕された著名人は、釈放された後に刑務所暮らしについて語るとき、過酷な生活というよりは、体当たりレポートのような話し方をするように見える。刑務所の中でも外での所得があるものは、刑務所内である程度のものを購入できるので、ダメージも少ないのかもしれない。

 他にも問題点として、過剰収容について述べられている。一時期よりは収容率は減少したものの、依然として刑務所内は高い収容率で推移している。その結果、受刑者と刑務官両方がそれぞれ不満を抱えている。

 様々な刑務所での暮らしが分かり、刑務官の人にもスポットをあてている。また、刑務所が抱える問題点もわかる。刑務所について知りたいという人にはおすすめの本だと思う。

 

『はじめての言語ゲーム橋爪大三郎

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 「言語ゲーム」という単語だけ聞くと、何か言葉遊びめいたもの、もしくは言語を使ったゲーム(しりとり・たほいやなど)を想像するかもしれない。

 実際の言語ゲームは、ヴィトゲンシュタインという人物が『哲学探究』という本で挙げている考え方の1つである。『はじめての言語ゲーム』の中に書いてある定義を示しておく。

 

言語ゲーム:規則(ルール)に従った、人々のふるまい

 

 定義だけ聞くと、あまり言語と関係がないように見える。言語ゲームは言語に対する考え方というより、世界に対する考え方と言ったほうが正しいのかもしれない。

 この言語ゲームを中心に、ヴィトゲンシュタインの半生と、様々な人物が生み出した言語ゲーム(のようなもの)を紹介したものがこの本の内容である。

 哲学に関する本は難しいと思われがちである。実際難しい本も多数存在し、私自身、読んでみたがさっぱり分からないものもあった。しかし、この本はやわらかい文体で書かれているため、文体の堅苦しさでやられてしまうことはない。ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を説明する場面や『言語ゲーム』に関する説明で難しい箇所がところどころあるものの、おおむねわかりやすい解説となっている。

 哲学関連の本はとりあえず読んでみるか、となりにくいように思える。「読んでやるぞ!」とポーズをとらないと、頭に入ってこないような気がするからだ。この本は、家でゴロゴロしながら読む本としては向いていないかもしれないが、図書館などで背筋を正して読む本でもない。哲学関連の本として、この本は堅苦しすぎずくだけすぎない、ちょうどいい位置にいる本ではないだろうか。

 

 終わりです。

箱⁴

「ミカちゃん誕生日おめでとう。プレゼントだよ」
「ありがとうおじいちゃん!! ねえ、開けてもいい?」
「もちろん」
 ミカはラッピングされた箱を開け始めた。
「あれ、ただの箱?」
「取っ手を引いてみなさい」
 ミカが箱に付いた取っ手を引くと、中から小さなウサギの家族たちのぬいぐるみと、ミニチュアのリビングが現れた。
「すごーい! おじいちゃんありがとう!!」
「どういたしまして」

 

「ほらニョポロン。プレゼントだよ」
「え? いいの!?」
「いいんだよ。開けてごらん」
 ニョポロンは包装された箱をベリベリと剥き始めた。
「箱?」
「取っ手を引いてごらん」
 ニョポロンが取っ手を引くと、中から人間たちの家族とリビングが現れた。
「うわあ! これ本物!?」
「本物の人間だよ」
「ありがとうおばあちゃん!!」
「いいんだよ別に」

 

「ほらヌチャウペャウ。パラレコンモをあげよう」
「マジで!? 貰っていいの?」
「そうさ。今日はヌチャウペャウのレロリメフだから特別じゃよ」
 ヌチャウペャウはパラレコンモを包んでいるメロングを破いた。
「ただのヌシャッペじゃないか!」
「違う違う。そこのテグルブイを引くんじゃよ」
 ヌチャウペャウがテグルブイを引くと、中からバロンド人のマロウとガーンパルイが現れた。
「すげえ!! アルリリのバロンド人だ!!」
 ヌチャウペャウがバロンド人の1人をつまみ上げ、思い切り力を込めた。
 バロンド人はプチッという音とともに潰れてしまった。
「あまり乱暴にせんようにな」
「分かってるよシャランパ」

 

「シャクレイマロンガラウ。ショジルブヌヌペロゥ」
「ツーッシグロ!?」
「ンヌメモロッジヴォ。ベロメメンジ」
 マロンガラウギギギレクテロウロウチャクラン。
「パーウーフ?」
「パーワーフ。ロンピミムニャロヲ」
 マロンガラウペッティィウ、メロイドセリンヌミロンポ、チクラウネブトリンガ。
「ミロンポミロンポ!!」
「メボンヌショーン