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【一首評】遠距離の恋愛すべてつまらない 心のなかにワニ飼えよ ええよ/青松輝

遠距離の恋愛すべてつまらない 心のなかにワニ飼えよ ええよ
/青松輝『VS松永・VS世界』(Q短歌会『Q短歌会 機関紙創刊号』、2018.11.23)

 

 <遠距離の恋愛すべてつまらない>という強い断定から、短歌は始まっていく。

 <すべて>という言葉が出てくると、本当にすべてなんだろうかという警戒感を抱く。本当にすべてなのか。作中主体、もしくは作者がうっかり言ってしまった(書いてしまった)だけで、実はすべてではない時もあるからだ。

 この歌の<すべて>は<つまらない>にかかっている。この<すべてつまらない>は主体の一時的な気分によって出された結論のように思えるけれど、ここまで断定口調だと気になって足をとめてしまう。そこまで断定的できてしまう主体に興味がわいてくる。

 その後の「心のなかにワニ飼えよ」は、個人的には「すべてつまらない」ことに対する対処法のようなものと解釈した。「遠距離の恋愛すべてつまらない」から「心のなかにワニ飼えよ」、2つのフレーズを同じ人が発しているという解釈もできると思うが、今回は前者の解釈で話を進めていきたい。

 <心の中にワニ飼えよ>という提案は割と奇抜だと思う。提案された側は困ってしまいそうだ。心の中にワニを飼うって、どうやって? <飼う>だからある程度の期間は一緒にいることになる。どうやって心の中で飼い続けるのが気になってくる。

 この歌の好きなところは、目を引く提案に対する返答があることだ。提案だけで終わらないで、<ええよ>が入ることで、途端に会話めいてきて人と人の空間が現れる。謎めいた提案に対する、<ええよ>という軽い肯定の仕方も、会話として自然だと思う。

 

 上句から下句への飛躍の中に会話の軽さが入っていること、目を引く提案だけで終わらずにそれに対する応答がある部分が、この歌の魅力的なものにしていると思う。