コムギココメコ

備忘録と不備忘録を行ったり来たり

解析、午前6時

 6時に目が覚めた。妙な夢を見た後の目覚めは、現実から数センチ浮いたかのような感覚。玄関は遥か遠くにあるように見え、蜃気楼のようだ。差し込むのは灰色の光。まだ薄暗い部屋に比べれば明るい。

 夢で私は男になっていた。どんな顔になっていたかは分からなかったけど、他の人が好意の言葉を投げかけていたから、おそらく造形は良いはずだ。鏡があれば顔も認識できたかもしれない。でも見ないほうが幸せ。まして夢ならなおさらだ。

 私は私たちになった。悪い人に誘われて、嘘をつき続けている。現実なら嘘は立派な武器だけど、夢じゃそうはいかない。1つ嘘をつくたびに、流砂が私を飲みこもうとしているようだった。気が付けば後ろを歩かされている。不安が列をなす。どこを歩いているかは分からない。

 気が付くと子どもが横にいた。私は不安から逃れたい一心で、声を出さずに「助けて」と口を動かした。子どもが呟く。

「助けて」

 道路に広がる子供たちにも同心円状に広がっていく。悪い人がうろたえている隙に、私たちは逃げ出す。左、右、右、左、右。私たちは走った。そうして、見つけたのが木の隙間。慌てて隠れる。

 私たちの中で誰かが捕まったらしい。でも私には誰だか分からない。悪い人がこちらを見つめている。空中で交わる視線。近づいてくる。ほら、もう見つかってしまう。3秒前、2秒前、1秒前……

「逃げろ!」

 目の前にいた誰かが叫んだ。目が合う。私の目のシャッターが押される。誰かが網膜に焼き付いた。

 綺麗。

 誰かが撃たれる。銃声は何よりも静かだった。木を背中にして走る。こちらに銃が向く。3秒前、2秒前、1秒前……

 そこで6時になる。寝る前に聞いていた音楽は、抽象化されて輪郭がぼやけている。割れた手鏡と目が合った。不愉快になるほどいつもの私だった。

 

 夢を見てから1つだけ変化があった。それは私が夢の中の私に恋をしてしまったことだ。今も思い出すと、体が熱くなるのが分かる。顔は分からない。分かるはずがない。無意識の中の私。今まで見た全ての中で、1番強烈な抽象画。

 叶わないのは分かっていた。夢の私は誰かに恋をしている。私が夢の私と会うことも、夢の私が誰かに会うことも、私が誰かに会うこともおそらく無いはずだ。夢はもう、私の願いが叶わないことを証明するだけの機関。それでも面会の許可をもらうために、何度も通わなければならないと思うと、うんざりした。嬉しくなった。