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忘れてもいいことを書くので不備忘録

伝説のバンド「掛け算九九」を知らない子供たち

 計9枚のアルバムを出した伝説のバンド「掛け算九九」。君たちはこのバンドを知っているだろうか。解散して25年経った今でも、私たちの心を揺さぶり続けている。かくいう私も、小学生の頃に「掛け算九九」を知り、衝撃を受けたものだ。一時は社会現象になった。今の音楽シーンでも、「掛け算九九」の影響を受けた「掛け算チルドレン」が多数作品を発表している。しかし、「掛け算九九」を超えるバンドが出てきたとは言えない。
 今回は「掛け算九九」の出した9枚のアルバムを紹介していく事にする。このブログをきっかけに、「掛け算九九」の素晴らしさを皆さんに知ってもらえることができれば幸いである。

 

【バンドメンバー】
ジョン・スーザン(ボーカル、ギター)
 バンドのボーカルで、全ての作詞・作曲を受け持つ。ハイトーンを多用したボーカルは、当時かなりの衝撃を与えた。正統的バンドサウンドからエレクトロニカまで、バラエティに富んだ曲が特徴。また独自の美意識とシニカルな視点から作られた歌詞は、しばしば「難解」「哲学的」と評されながらも、多くのファンを生み出した。しかし、1991年に麻薬の過剰摂取で死亡し、バンドは解散する。

 

カッケイ・ザン(ギター)
 バンドのギターで、「マルチ・スペシャル」と言われる手作りのギターを駆使した演奏は、しばしば「芽吹いたギター」と評された。ライブ中はしばしばジーパンを脱ぎ、頭に被るパフォーマンスを行った。ソロアルバムを2枚出している。

 

ジョン・ホール(ベース)
スーザンとザンの間に埋もれがちではあるが、ミスタッチの無い演奏と、時折繰り出されるリズミカルなベースラインは、多くのファンを生み出した。ライブ中ほとんど動かないことで有名で、リズムを取ることもほとんどない(初期は時々頭を小さく動かしていた)。

 

セキ(ドラム)
 バンド唯一の日本人。「こいつがいなくなったら俺は『掛け算九九』を解散させる」とスーザンに言わしめたほどの技術をもったドラマー。派手なスタイルではないが、要所要所に存在感のあるフィルインを入れ、テクニカルなドラマーとしてミュージシャン内の評価も高かった。画家として活動も行っている。

 

 次にアルバムを紹介していこう。


『1の段』1979年10月22日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①1×1=1(2:32)
②1×2=2(3:56)
③1×3=3(3:11)
④1×4=4(4:01)
⑤1×5=5(3:22)
⑥1×6=6(2:49)
⑦1×7=7(3:31)
⑧1×8=8(5:02)
⑨1×9=9(4:20)

 1975年に結成した「掛け算九九」の記念すべきファーストアルバムである。先行シングル「1×4=4」は当時人気を博した。しかし、アルバム全体の評価は低く、バンド内でもこのアルバムに否定的な発言が多い。
バラード調の1×4=4以外は、歪んだギターを音楽の基調としている。私もこのアルバムは粗削りな所が多いと思うが、轟音のアウトロが印象的な「1×8=8」などは、今後の躍進を予感させるような仕上がりだと感じる。

 

『2の段』1980年7月4日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①2×1=2(4:32)
②2×2=4(2:52)
③2×3=6(3:29)
④2×4=8(2:21)
⑤2×5=10(4:29)
⑥2×6=12(4:15)
⑦2×7=14(3:00)
⑧2×8=16(3:12)
⑨2×9=18(3:19)

セカンドアルバムでは、スーザンの哲学的な歌詞を前面に押し出しながらも、ポップさのあるスタイルで各音楽誌の賞賛を得る。リリース当初こそセールスに苦しんだが、後に「過酷なんて言葉は生温いよ」とホールが語るほどの過酷なツアーの効果もあってか、驚異的なロングセールスを記録した。
やはり「2×6=12」の世界観は凄まじい。哲学的で難解、そして陰鬱な歌詞にポップな曲調というギャップは今なお衝撃が残る。「2×9=18」も、轟音ながら美しいギターが印象的である。

 

『3の段』1981年10月22日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①3×1=3(5:11)
②3×2=6(3:10)
③3×3=9(2:59)
④3×4=12(4:27)
⑤3×5=15(3:11)
⑥3×6=18(6:25)
⑦3×7=21(3:19)
⑧3×8=24(3:19)
⑨3×9=27(3:19)

 サードアルバムでは、スーザンの歌詞に陰欝な雰囲気を帯びたギターを合わせた楽曲群が多くみられた。スーザンも「セカンドアルバムは俺が殺した」と語るように、前作と対照的な作品である。前作を好んだファンは離れたが、新たなファンを獲得することに成功した。
 「3×1=3」を聴いたときの衝撃は忘れられない。地を這うようなベースと、絡みつくようなギターが実に印象的だ。「3×7=21」から「3×9=27」までの流れるような曲構成も美しい。

 

『4の段』1982年1月25日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①4×1=4(5:22)
②4×2=8(4:34)
③4×3=12(3:41)
④4×4=16(6:37)
⑤4×5=20(5:00)
⑥4×6=24(4:43)
⑦4×7=28(5:10)
⑧4×8=32(3:54)
⑨4×9=36(7:12)

 前作からわずか3カ月ほどで発売された4枚目のアルバムでは、前作の陰欝さを更に押し進める形となった。しかし、音楽誌では「前作の焼き直し」と批判を受けることになる。批判に対して参ったのか、スーザンは次のアルバムで再び大幅な方向転換をすることになる。
 このアルバムは体調の良い時にしか聴きたくない。闇へと引きずり込まれるような気がするからだ。特に「4×4=16」「4×9=36」はぽっかりと空いた暗闇で3人が演奏しているようなイメージをもつ。ギターもおどろおどろしく、なかなか精神的にくるアルバムである。

 

『5の段』1983年10月3日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①5×1=5(3:22)
②5×2=10(3:04)
③5×3=15(4:05)
④5×4=20(2:57)
⑤5×5=25(3:13)
⑥5×6=30(4:22)
⑦5×7=35(3:45)
⑧5×8=40(3:20)
⑨5×9=45(4:01)

 前作の批判を受け、「俺自身もまいったし、もう鬱々とした曲や歌詞は作りたくなかったんだ」とスーザンは言った。そして、5枚目のアルバムはひたすらポップでダンサブルな曲が揃うアルバムとなった。セールス的にも成功し、「掛け算九九」を今まで知らなかった人にバンドの存在を知らしめた。しかし、以前のファンは「俺らが求めていたスーザンはもういない」「大衆に迎合した」とこのアルバムを境に離れていく人も多かった。
 このアルバムはひたすらに楽しい。しかし、楽しさの中に空元気で踊るスーザンの姿が見えるような気がしてしまう。歌詞も引きつった明るさであり、決して底抜けたものではない。途中で苦しくなってしまうため、今では聴かなくなってしまった。「5×6=30」はスーザンらしさが無いものの、名曲である。

 

『6の段』1984年4月14日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①6×1=6(2:41)
②6×2=12(3:19)
③6×3=18(3:22)
④6×4=24(4:39)
⑤6×5=30(3:04)
⑥6×6=36(4:49)
⑦6×7=42(2:31)
⑧6×8=48(3:42)
⑨6×9=54(3:54)

 6枚目のアルバムは前作のアルバムのスタイルを踏襲しているが、前作のような明るさは薄く、各音楽誌からは「中途半端」「掛け算九九はもはや風前の灯火」と批判が多かった。セールス的にも失敗し、これをきっかけにスーザンは麻薬にのめりこんでいく事になる。
 最も評価の低いアルバムであり、私も当初は1回聴いただけだった。しかし、今聴いてみると、この頃の掛け算九九の苦悩を上手く音楽に昇華した作品もあり、もう少し評価されてもいいのではないか思う。「6×7=42」は、短いながらもドラムが印象的な良曲である。

 

『7の段』1987年2月26日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①7×1=7(4:00)
②7×2=14(4:38)
③7×3=21(5:10)
④7×4=28(4:39)
⑤7×5=35(5:02)
⑥7×6=42(4:11)
⑦7×7=49(5:29)
⑧7×8=56(3:58)
⑨7×9=63(6:02)

 約3年の沈黙を経て、リリースされた7枚目のアルバムは今までとは全く違う、今で言うエレクトロニカを主としたサウンドだった。発売前、レーベルから「商業的狂死」とまで言われたが、音楽誌から絶賛の声が相次いだ。セールス的にも今までのアルバムの中で1番であった。発売当時のインタビューでスーザンは「6枚目発売当時からエレクトロニカは頭の中にあった。でもレーベルから『狂ったのか』と言われてね。とにかく売れてくれることを祈っていたよ。レーベルが思うほど大衆の耳は馬鹿じゃないんだ」と語った。
 私の1番好きなアルバムでもある。電子音にスタイルチェンジはしたが、スーザンの歌詞は以前のようなシニカルなものへと戻った。無機質な曲と有機的な歌詞の相乗効果で、非常に心を突き刺す。「7×6=42」の繰り返され続けるベースラインと電子音は感動ものだし、「7×9=63」の美しい旋律は果敢なささえ感じる。

 

『8の段』1988年2月10日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①8×1=8(0:45)
②8×2=16(7:11)
③8×3=24(4:32)
8×4=32(5:19)
⑤8×5=40(0:56)
⑥8×6=48(8:03)
⑦8×7=56(3:33)
⑧8×8=64(6:17)
⑨8×9=72(1:20)

8枚目のアルバムでは、前作のエレクトロニカ路線を継承しつつも、スーザンが歌う場面が少なくなり、またバンドとしては初めてインスト曲を収録したアルバムとなった。各音楽誌の評価は、「今後数十年は語り継がれるべきアルバム」「新しいジャンルの開拓を1グループでやり遂げてしまった」「ただの前衛的なバンドに成り下がった」「自らの積み上げてきた音楽に対して自傷行為を行っている」と賛否両論だった。
 当時こそ賛否両論だったが、かなり革新的なアルバムであったと思う。時代を先取りしすぎたのかもしれない。「8×1=8」「8×5=40」「8×9=72」とインスト曲が3つほど収録されていて、良い曲ではあるが、「掛け算九九」がやるべき音楽だったかと言われると疑問符が付く。

 

『9の段』1991年8月10日リリース
収録曲 ※カッコ内は曲の時間
①9×1=9(4:22)
②9×2=18(3:38)
③9×3=27(5:16)
④9×4=36(5:01)
⑤9×5=45(3:57)
⑥9×6=54(4:48)
⑦9×7=63(3:18)
⑧9×8=72(4:56)
⑨9×9=81(9:59)

 掛け算九九最後のアルバムは、前作から3年以上の月日を経て発売された。この頃にはスーザンの麻薬中毒は大分深刻なものとなっていた。それでもスーザンは、「『ベスト・オブ・掛け算九九』なアルバムを作る」と意気込み、何日もスタジオにこもった。そして発売されたこのアルバムは今までのアルバムで作ってきた様々な方向性の曲のエッセンスを詰め込んだものとなり、音楽誌からも絶賛され、『7の段』には少し及ばないが、セールス的にも大成功をおさめた。しかし、アルバムが発売された1週間後の8月17日に、スーザンは薬物の過剰摂取で死亡し、バンドは1991年8月24日をもって解散となる。
 とにかくいままで掛け算九九が行ってきた事をすべて詰め込んだアルバムである。ベストアルバムを聴いているような気分にあり、スーザンの走馬灯を見ているようだ。
 私の1番好きな曲である「9×9=81」はとにかく最高の一言である。今までの音楽性を全て詰め込み、長い曲ではあるが飽きさせない。最後の「全ては俺を終わらせるためにある(和訳)」に差し掛かる所はいつ聴いても鳥肌ものである。

 

 9枚のアルバムを紹介したが、初めて掛け算九九を聴く人は、まず『9の段』から買うなり借りるなりしてもらい、気に入った曲と似たテイストのアルバムを、今まで書いてきたアルバム紹介を参考にして、聴いていってほしい。
 解散して25年経った今でも、音楽は色褪せることなく、私たちの心に残っている。この記事が、掛け算九九の新たなファンを生み出すことを願いながら、文章を締めさせていただく。