コムギココメコ

忘れてもいいことを書くので不備忘録

暴力で部屋の彩りを

 お元気ですか?

 

 中華料理店に行った。そこではから揚げが大きいことで有名で、から揚げ定食はその大きなから揚げが6つついて、ごはんやラーメンがついてくる。最近行く機会が少なかったので、久しぶりにから揚げ定食を注文した。数十分後、から揚げ定食がやってきた。暴力である。暴力が6つ、皿の上に鎮座している。とりあえず食べる。残り5.8、5.6、5.5、5.1、4.8...…。なかなか減らない。暴力だけでなく、ごはんやラーメンも食べなければならないため、腹のキャパシティは予想以上に埋まっていく。暴力以外にも問題はある。私はサラダが苦手なのだが、そのサラダが2つついているのだ。サラダを食べると、顔の筋肉を駆使することになる。味から逃げるためだ。おかげでサラダを一定量食べると、顔が引きつってしまう。あまりサラダを使うと顔が引きつる人はいないのではないだろうか。どこかで「サラダで顔を引きつらせ王決定戦」とかやっていれば、県大会くらいは勝ち抜けそうな気がする。
結局、暴力を4つ食べた時点でリタイアとなり、残る暴力は持ち帰りになった。次の日の夕食にでも食べるため、1日冷蔵庫に入れることにする。冷蔵庫を開けて、暴力を中に入れ、閉める。この時、ごちゃごちゃした部屋に暴力が加わる。途端に部屋は別の側面をもって私の前に現れる。自分の部屋に常連として存在する物は、日にちが経つにつれ、物珍しさを失い、輪郭がぼやけ、部屋の体内に取り込まれる。だからこそ、外から持ちこまれた、本来家に無かったものは、輪郭がはっきりとしていて異質なものに見える。今回は暴力だが、別に新しく買った本、ゲーム、服でも構わない。しかし、食べ物は早いうちに消えるものが多い。本やゲーム、服は、賞楽期限(物を楽しめる期限)はあるものの、消費期限はない。だから、新しく買ったものでも、時間が経つと輪郭がぼやけてしまい、結局元から部屋にあった物と何ら変わりが無くなってしまう。しかし食べ物は消費期限、もしくは賞味期限がある。いわば時限爆弾のようなものだ。それ故に、食べ物は部屋の表情を変えたまま消える。食べ物には果敢なさがあるのだ。
 次の日の夕食で、持ち帰った暴力を食べた。食べ物は出来たてが一番美味しいものと、時間が経つと美味しくなるものの2種類が存在するが、暴力は前者の典型的な例である。肉は温めすぎで固くなっているし、衣もふやけている。本当なら提供された日に食べきってしまうのが理想だけども、帰りの車の中で胃が圧迫されるのは困りものだ。次行くまでに、中華料理店でもっと手軽な暴力が提供されてくれることを願う。