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【好きな短歌⑦】白い布はずされながら美容師にまだ引っ越しを伝えていない/山階基

白い布はずされながら美容師にまだ引っ越しを伝えていない

/山階基『コーポみさき』(角川『短歌』2018年11月号収載)

 

  髪を切りに行くというのは、大体1~2か月程度のスパンで行われる生活のイベントで、前回と今回の間にあった話を、美容師とすることもあるだろう。

 主体は美容師のある街から引っ越すことがほぼ決まっている。美容院も変えなければならないくらいの距離に、引っ越し先はあるように思える。会話の中で言うタイミングが無かったのだろうか、白い布を外されて、もう髪を切る作業も終盤という段階になってもまだ主体は引っ越しを美容師に伝えない。

 この白い布はシャンプーをするときに顔に覆われる布なのか、髪を切るときに服の上から覆われる布なのか、どちらだろうと思ったが、『白い布』を『はずされ』るなので、服の上から覆われる布だと思う。

 次に髪を切るのは1~2か月後ならば、もう主体は引っ越しを終えて、別の街にいることも十分考えられる。

 また、主体は髪を切ってもらう担当の美容師が大体同じなのかもしれない。少しだけ美容師のことを知っていて、相手も主体のことを少しだけ知っている。だから、引っ越しをする = 少しだけ知り合っているという関係の解消を、伝えておいたほうがいきなり来なくなるよりも角が立たないから、伝えようかなと思っている。

 この歌では、美容室に通ったという<過去>、引っ越しを伝えていない<現在>、そして髪が伸びたころにはもう引っ越しているだろう<未来>が浮かび上がり、時間的な広がりを感じさせてくれる。それらの時間は、壮大な概念としての時間ではなく、主体や美容師の暮らしに基づいた時間だ。

 また、白い布は清潔なイメージがあり、明るい美容室を頭の中に浮かばせる。さらに『はずされながら』という動作の最中が描かれることで、歌の中の空気が動き、美容師の慣れた手つきや声、鏡にうつる髪を切りたての主体、それと引き換えに床に散らばった髪の毛などが喚起され、静止画としてではなく、何かの映画のワンシーンを見ているような心持ちになるのだ。

 

 この歌は『コーポみさき』という50首連作の1首目で、連作は主体と『きみ』が引っ越しをしてともに暮らしていくまでを描いている。

 美容師に白い布を外される = 髪を切るという動作が終わるところから連作が始まっていく。主体も住んでいた街での生活が終わり、新しい街での生活が始まる。何かが終わることは、別の何かが始まっていくことだよなあと思いつつ、この歌で私は連作に入り込み、1つ1つ生活の粒子を丁寧に描いた歌たちに心を動かされた。

 今度ご本人に会う機会があれば、直接歌たちに心を動かされたことをお伝え出来ればと思う。

 

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